住民訴訟の訴訟形態を変更する地方自治法等の一部改正案についての意見書

2001年5月9日
日本弁護士連合会

はじめに

 今般、地方自治法等の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)が国会に上程されているが、この「改正案」のなかで同法242条の2第1項の住民訴訟中所謂「四号請求」の訴訟形態が大幅に変更されようとしている。
 地方自治法に規定されている住民訴訟の制度は、地方公共団体の住民の直接参政の手段の一種であり、間接民主制を補完する直接民主制の一方式として重要な制度である。
 したがって、住民訴訟の制度改正には十分な配慮が必要とされるところであるが、今回の「改正案」には地方自治の本旨にかかわる重要な改悪となる部分を含んでいるので、住民訴訟の訴訟形態の変更(改正案第242条の2関連)に関し、以下のとおり意見を述べることとする。

第1 意見の趣旨

 当連合会は、今回の住民訴訟の訴訟形態を変更する地方自治法等の一部改正案について、地方公共団体の活動に対する住民の統制機能を著しく後退させることになるので、反対である。

第2 意見の理由
1.  「改正案」の骨子は、現行法で認められていた住民から当該地方団体の長や職員等に対する「直接請求」(4号訴訟)を変更し、住民が執行機関に対して義務の履行を求める訴訟(履行請求訴訟または賠償命令等請求訴訟)に変えるものである(改正4号訴訟)。したがって、従来は当該職員等に直接賠償の請求等ができたが、「改正案」では住民が先ず執行機関に対して第一次訴訟としての「履行請求訴訟」等を提起し、これが裁判所に認められ、これが確定した場合地方公共団体の長又は監査委員(被告が団体の長の場合)が当該職員等に対し第二次訴訟としての履行の請求(賠償命令、損害賠償訴訟等)をなすことになる。このように「改正案」は住民の直接請求を間接請求に変更するというものである。
 さらに従来の4号訴訟では、4号前段請求(当該職員等に対する「損害賠償請求」及び「不当利得返還請求」と、4号後段請求(当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に対する「法律関係不存在確認請求」、「損害賠償請求」、「不当利得返還請求」、「原状回復請求」、「妨害排除請求」)の類型が認められていたが、「改正案」では「法律関係不存在確認請求」、「原状回復請求」、「妨害排除請求」を廃止している。
2.  しかし、現行の住民訴訟は、住民の直接参政の有力な手段の一つとして地方公共団体の機関や職員の違法な財務運営を予防・矯正し、司法統制を通じて地方公共団体と住民の利益を擁護し、自治運営を監視する上で重要な役割を果たしつつあることを考えると、「改正案」は住民の直接的な訴権を奪い、住民参政の制度を後退させるものであり、地方自治の本旨(住民自治)に反し不当と言わざるをえない。また、仮に現行の直接的な住民参政制度を「改正案」のように間接的な制度に改正するなら、広く国民の意見を聞く機会を設けるべきであるのに、そのような手続を経ずに改正するのは手続的にも不当である。
 また、「改正案」には、次に述べるような住民訴訟の根幹にかかわる重要な問題点がある。

 第1に、現行の住民訴訟では1回で解決できたものが、「改正案」では2段階の訴訟となり解決までに長時間を要し訴訟経済に反する。特に、第一次訴訟で住民が勝訴しても、当該職員等から取消訴訟を提起されると、その取消訴訟の判決が確定するまで第二次請求は訴訟手続を中止しなければならず(改正法243条の2の7項)、解決を著しく遅延させる結果となる。

 第2に、住民は第一次訴訟には参加できるものの、第二次訴訟手続には参加できず、第二次訴訟手続では地方公共団体とその職員が当事者となるから、馴れ合い訴訟の危険がある。例えば第二次訴訟手続で低額の和解をする等である。

 第3に、「法律関係不存在確認請求」、「原状回復請求」、「妨害排除請求」の訴訟類型を廃止する結果、例えば違法な契約で地方公共団体の長から財産を取得した(払い下げを受けた)相手方に対し違法状態の回復を求める場合には、242条の2の2号請求、3号請求で勝訴し、これに基づく団体の長の違法是正の措置を待つことになるが、団体の長の違法是正の措置については法律上の拘束性が規定されていないため、相手方に対する関係でも違法状態の是正を図ってきた現行法と比べて、実効性が減退することは避けがたい。加えて「改正案」が、住民訴訟の対象となる違法な行為又は怠る事実について、民事保全法による仮処分をすることができなくしている(改正法242条の2の11項)こととあわせて、著しく違法状態是正の手続保障に欠ける制度になってしまう危険がある。
3.  現行法に基づく住民訴訟は、愛媛県の玉串料支出に対する損害賠償請求事件や下関市の第三セクターへの補助金支出に対する損害賠償請求事件、さらには各地で問題となっている官官接待問題、カラ出張問題、談合による公共事業の工事費増額分の返還請求訴訟等々で、地方自治の本旨たる住民自治の実現に資する多くの行政の改善にむけた実績をあげてきており、これらの実績を衰退させる危険のある今回の「改正案」には反対せざるをえないのである。
 現状では「改正案」のような行政による自己統制方式に重点を置くのは時期早尚であり、現行の裁判所による司法統制方式に重点を置く制度を維持すべきと考えるものである。
4.  以上のとおり、今回の「改正案」は、主権者である住民が司法を通じてその執行機関や職員の不正・違法を正すことによって、地方公共団体の健全かつ適正な自治を確保しようとする住民訴訟の目的、趣旨、手続を著しく制限するものと言わざるをえない。今日、当連合会は国民に開かれた司法の実現にむけて全力をあげて取り組みを行っているが、この立場からみても、住民が違法行為や怠る事実にかかわる執行機関や職員、相手方らを直接の被告として行ってきた住民訴訟の意義と実績にてらし、この制度の活用の機会を拡大する必要性こそあれ、これを制限することは時代に逆行するものと言わざるをえない。
 よって、当連合会は、今回の住民訴訟の訴訟形態を変更する制度改悪には反対するものである。


以上