住民訴訟制度改正審議、国会傍聴記
―衆議院・総務委員会でのごまかし政府答弁―



情報公開市民センター理事長の高橋利明弁護士が以下の「国会傍聴記」を
参議院・総務委員会
理事: 浅尾慶一郎
理事: 伊藤基隆
八田ひろ子
又市征治
松井孝治
宛てに提出しました。

弁護士 高 橋 利 明
NPO法人 情報公開市民センター 代表

 国が行政訴訟で国民に反論することを、「説明責任」と呼ぶのですか? 
 今次の「住民訴訟制度の改正」の目的は、首長さんたちの負担軽減にあり(成田参考人の意見陳述)、住民訴訟を骨抜きにすることにあるのです。 しかし、片山大臣は、衆議院・総務委員会で「機関の説明責任を住民にしっかり知らしめる、一番の狙いはこういうところにあるんですよ」と言い、さらに「制度をもっと住民に使いやすい」ものにする、と繕った答弁をしました。このため衆議院・総務委員会での答弁や説明は、ごまかしと屁理屈に終始しました。参議院での審議で、ぜひ追求してください。

1 「改正」の目的についての、大臣答弁と成田参考人の説明の食い違い
成田参考人(12月4日の衆議院・総務委員会)
「知事や市町村長その他の関係者の方々からは、……個人として法的責任を負わされるという制度は何とか改めて欲しい、こういう要望が出始めてまいりました」(2頁3段)「自治体の方からは、悲鳴にも似た制度改正への要望が高まってまいります」(2頁4段)。

片山大臣の答弁
 (個人を被告とする制度から、団体を訴える制度に変更することについて)
「……こういう仕組みにした方がずっと使いやすいのじゃなかろうか。制度をもっと住民に使いやすい、効果的なものにするというところが、さらなる充実の意味であります」(11月27日 5頁3段)。
「(住民訴訟に対する市長たちの)個人的なそういう悩みがいろいろあるということは私も聞いております。しかし、その悩みだからこの制度を変えようというんじゃないんですよ」(11月29日 10頁2段)。
「(談合を追及する訴訟についても)私は、その点、こっちの方が解明がずっと進むとおもいますよ」(11月29日 11頁4段)
 
 このように、今次の改正の真の目的は、首長たちの負担軽減にあるのだが、建前論としては、「住民に使いやすい制度改正」と政府は説明している。片山大臣や政府委員は、真の改正目的を隠すために、様々な屁理屈、詭弁を弄することになった。

2 この詭弁―「行政の説明責任を尽くさせるために新訴訟制度を設けた」
 被告自治体が、訴訟で原告住民の主張に反論し、自己の正当性を主張するのを「説明責任」と呼ぶのでしょうか。「行政訴訟」において行政側の応訴を「説明責任」と呼ぶのは、詭弁以外の何物でもないのではないですか。訴訟は、当事者の権利の存否を司法が決する場であり、「説明責任」を尽くさせるための場ではないでしょう。
 片山大臣は、「春名委員、質問されたほかの先生方に何度もお答えしておりますけれども、機関の責任をはっきりさせる、機関の説明責任を住民にしっかり知らしめる、一番の狙いはこういうところにあるんですよ」(11月29日 16頁4段)と、「行政に説明責任を尽くさせるための改正」という趣旨の答弁を繰り返しました。これが、建前上、今次の最大の改正理由となっています(副大臣や政府委員も、しばしば「説明責任」で答弁)。これが崩れれば、改正理由は崩壊します。
 行政の「説明責任」は、訴訟が起こらないように、事前にこそ尽くすべきです。「説明責任」というのは、個人への直接の訴訟を廃止するための、思いつきの口実です。訴訟制度を設けて説明を尽くさせると言うのは、聞いたことがなく、情報公開法の審議でもこうした議論など出ていません。明らかに屁理屈なのです。しかし、衆議院の総務委員会では、この点の質疑、反論は、なされませんでした。
 行政訴訟で、被告(行政機関)が反論し、国民の権利を否定する主張を尽くすことを「説明責任」と呼ぶなら、わが国政府も、100年前から、「説明責任」をよく尽くしてきたことになります。

3 機関の責任を問う「3号訴訟」があるのに、「ない」という片山大臣
 片山大臣は、「機関の責任を問う制度がない」として現行制度を批判し、今次の改正の正当性を主張したが、現行制度の理解がまったく誤っている。
「今の制度では、機関の責任を問うようになっていないんですよ。個人の責任だけ問うているんですよ。これはおかしいいので、機関の責任を問うことによって個人の責任も問う、この方が制度としては筋が通る」(11月29日 3頁4段) 
「今の制度は、……個人を通じて機関の責任を問うているんですよ。機関の責任をまず問うべきですよ。首長というのは、これは執行機関のトップですよ。……まずそこの責任を問うて、それから個人責任を問うべきなんで、私は、今の制度は全く話が逆だと思っているんですよ、個人の責任を問うてそれによって機関の責任を問おうというのは。」(11月29日 3頁4段から4頁1段)。

 上記の現行制度の説明が、11月29日の答弁では再三繰り返されている。それを改正の理由にしている。しかし、上記の下線を施した部分は、現行法の説明として、完全な誤りです。現行242条の2の第「3号」の規定は、自治体の機関に対する「違法確認訴訟」であり、機関の責任を問う制度です(芳山政府参考人も、そう説明している。11月29日 6頁4段)。現行制度は、「3号」で機関の責任を問う制度も用意しているし、「4号」で直接個人の責任を問う制度も用意しているのです。「個人の責任だけを問うているんですよ」と言うのは誤りです。住民の選択で、どちらも請求できるのです。今回の改正は、この直接個人を被告とする訴訟を住民から奪うだけなのです。片山大臣は、無理解とこじつけで、このような答弁になったのでしょう。今次の「新4号訴訟」は、むしろ、「3号訴訟」と重複する制度なのです。だから、地方制度調査会に先立つ研究会では、「4号訴訟をこの際廃止して、3号訴訟に吸収する」との案が検討されたのです(成田参考人の意見陳述 12月4日 3頁4頁)。
 大臣は、「新4号」と「3号」の事実上の重複をご存知ないのだろうか。しかし、こうした混乱も、結局、「首長の負担軽減」という真の立法目的を隠し、無理な建前で説明するからなのである。

4 地方自治体は情報を開示し、「説明責任」を尽くしているか?
 上記のように、政府は、自治体の機関を被告とする新制度の方が、説明責任は尽くされ、事態の解明に役立つとしています。遠藤副大臣は「今回の改正案は、この機関を、真の当事者でありますから、これを真正面に被告の座に置く、……情報を全部開示できる、開示せざるを得ない、……政策決定の過程、そして、公金支出の過程そのものを全く明らかにすることに大きな意味がある」と答弁しました(12月4日 27頁3段)。しかし、そうでしょうか。
 今日、「官製談合」と呼ばれるように、自治体が談合業者を訴追して賠償請求することは、「千にひとつ」もありません。また、情報公開訴訟は、活発に起こされています。それは自治体が開示する公文書に墨を塗り、情報を隠すからです。そして、裁判の結果に不服で控訴、上告するのは、多くの場合自治体です。
 このように自治体は、情報の開示も不十分ですし、また、自治体は下級審の判断にも従いません。これで、情報開示と「説明責任」が尽くされるのでしょうか。ありえないことです。

5 新訴訟では、原告・住民は自治体職員の協力を求めることができない
 私たちは、談合企業だけを被告とした住民訴訟では、自治体職員の協力を求めています。事実関係の調査でも、やはり内部の職員の協力が必要です。秘密の漏洩ではなく、資料の説明を受ける必要があります。そして、原告申請の証人として出廷してもらっています。
 しかし、「新4号訴訟」では、住民と自治体は、原告と被告、敵・味方ですから、職員の協力を求めることはできません。これで、「もっと住民に使いやすい」制度になるのでしょうか。明らかに逆です。政府答弁は事実に反します。
 「住民に使いやすい」制度にするのに、どうして私たち住民に何の相談もなく、制度の中身がきまるのですか。そして、どうして私たちが改正反対に回るのですか。

6 「説明責任」を尽くすのなら、現行制度でも十分にできる
 現行制度でも、自治体が訴訟に参加したいなら、行訴法上で参加ができます。参加して「説明責任」を尽くすことができます。しかし、多くの場合、自治体は訴訟参加をしてきません。
 財団法人・自治総合センターの「行政監視のあり方に関する調査研究中間報告」によれば、平成11年3月までの5年間の住民訴訟878件中、自治体が訴訟参加しているのは、204件で全体の23%に過ぎません。その他のほとんどの事件は、「団体として訴訟参加を行う意思がないため、訴訟参加していない」事件(670件、76%)です(報告書14頁 6の表)。
 このように現在進行中の訴訟事件は、自治体が参加する必要のない事件なのです。訴訟のほとんどが「説明責任」を必要とする事件であれば、政府の説明もわかりますが、実際は、自治体は参加していないのです。
 さらに、私たちの経験では、現行法で、「4号」と「3号」の訴訟を同時に併合提起すると、多くの場合、自治体は「4号訴訟を起こしているのだから、自治体を訴える3号訴訟は不必要で却下されるべきである」と裁判所に申立をします。こうした実態からしても、自治体は、「説明責任」を拒み、まして、自治体の損害の回復には不熱心です。自治体に安心して任せる状態にはありません。政府の説明は間違っています。

7 衆議院・総務委員会の積み残し問題
 衆議院で、民主党、共産党議員のするどい質問に、政府委員が答えずに終わっている問題があります。
 一つは、春名議員の「第一次判決で出た金額を、第二次訴訟でこれを下回る金額の和解ができるか」という質問に対して、芳山政府参考人は、はぐらかしてまともな答弁をしませんでした(12月4日 38頁3段)。難しい問題ですが、新制度の提案者たる政府は、制度の全体を説明すべきです。
 二つ目は、独禁法69条の規定に基づく公正取引委員会の記録の閲覧、謄写権の問題です。田並委員から、「代位訴訟ではなくなる新制度では、住民の利害関係人としての閲覧・謄写権がなくなってしまうのではないか」との質問に対して、伊藤政府参考人(公取・審議官)は「個別に検討する」との答弁に止まり、芳山政府参考人は「地方公共団体からの閲覧・謄写が期待される」と逃げました(12月4日 31〜32頁)。この点は、新訴訟で、住民の訴訟対策や調査権が、一層狭まるのではないかと危惧されるところです。