平成13年(行ウ)第150号行政文書不開示処分取消請求事件

原 告  特定非営利活動法人情報公開市民センター
被 告  外務大臣

準 備 書 面 (2)

平成13年11月22日
東京地方裁判所民事第2部 御 中

被告指定代理人 野  下 智 之
箕  浦 裕 幸
栗  原 壮 太
蔵  重 有 紀
菊地原 正 彦
鈴  木 敏 郎
小  池 稔
杉  浦 正 俊
篠  原 守
吉  原 健 吾
関  口 誠 二


 被告は、原告の平成13年(2001年)9月28日付け求釈明書(以下「求釈明書」という。)に対し、次のとおり主張を準備する。なお、略語については、断りのない限り従前の例による。

第1 原告の主張の誤りについて
原告の主張(求釈明の論拠)
(1)  原告が、求釈明書記載の求釈明事項について釈明を求める論拠は、以下のとおりのものと理解される。
 被告が報償費の支出関係書類を不開示とする理由は、報償費が、情報収集等のために使用する経費であることにある。
 便宜供与は、我が国の国会議員や霞が関に勤務する公務員(国会議員も公務員である上、原告のいう「公務員」の範囲は不明であるが、ここでいう「霞ヶ関に勤務する公務員」とは、国会議員を除く国家公務員を指すものと解しておく。)を中心とした在外公館への訪問者に対して便宜を供与することであり、その中には食事の提供も含まれている。
 本件支出関係書類の開示を求めた在外公館においても、便宜供与費が報償費から支出されていたはずである(ゆえに、在外公館における報償費の支出の一部は、当該在外公館を訪問した国会議員や国家公務員に対する食事の提供のために用いられたものである。これは、当該国会議員や国家公務員を接待し、その歓心を得るためのものにほかならない。)。
 在外公館における報償費のうち、このように我が国の国会議員や官僚らの接待費として使用されたものは、情報収集等のために使用されたものではない。
 よって、報償費のうち在外公館を訪問した国会議員や国家公務員の便宜供与ないし食事の提供のための経費に係る支出関係書類を不開示とした処分は、裁量権を逸脱し又は濫用するものであって違法である。
(2)  しかしながら、原告が求釈明事項の前提としている上記のような思考過程には、以下に述べるとおり、便宜供与の意義、趣旨、対象等に関する誤認・誤解や、これと予算費目としての報償費との関係についての概念の混乱ないし誤解が存在する。
便宜供与の意義
(1)  「便宜供与」とは、法令上の用語ではなく、明文の定義は存在しない。
 しかしながら、いわゆる「便宜供与」とは、一般に、関係者が海外渡航を行うに当たり、その用務が公共性を有するものであって外務省の任務に関連し、それを支援することが外務省(在外公館)の所掌事務の遂行に寄与する場合に、在外公館がこれら関係者を支援するため種々の役務・支援を提供する活動の総称を意味するものとして用いられている。
(2)  ところで、被告の平成13年9月24日付け準備書面(1)(以下「被告準備書面(1)」という。)において主張したとおり、外務省は、平和で安全な国際社会の維持に寄与するとともに主体的かつ積極的な取組を通じて良好な国際環境の整備を図ること並びに調和ある対外関係を維持し発展させつつ、国際社会における日本国及び日本国民の利益の増進を図ることを任務とし(外務省設置法3条)、この任務を達成するため、同法4条の定める事務を所掌している。そして、国家行政組織法8条の3にいう「特別の機関」として、外務省に在外公館が設置され(外務省設置法6条1項)、外国において外務省の所掌事務を行うものとされている(同法7条1項。以上につき、被告準備書面(1)6、7ページ)。
 これらの規定によると、在外公館が外国において所掌する事務には、以下に例示するようなものがあることとなる。
 日本国の安全保障、対外経済関係、経済協力、文化その他の分野における国際交流及びその他の事項に係る外交政策に関すること(同法4条1号)
 日本国政府を代表して行う外国政府との交渉及び協力その他外国に関する政務の処理に関すること(同条2号)
 日本国政府を代表して行う国際連合その他の国際機関及び国際会議その他国際協調の枠組みへの参加並びに国際機関等との協力に関すること(同条3号)
 条約その他の国際約束の締結に関すること(同条4号)
 国際情勢に関する情報の収集及び分析並びに外国及び国際機関等に関する調査に関すること(同条7号)
 日本国民の海外における法律上又は経済上の利益その他の利益の保護及び増進に関すること(同条8号)
 海外事情についての国内広報その他啓発のための措置及び日本事情についての海外広報その他啓発のための措置に関すること(同条15号)
 外国における日本文化の紹介に関すること(同条16号)
(3)  したがって、本邦から、公務員か民間人かを問わず関係者が、これらの事務に関連し公共性を有する用務を目的として海外渡航する場合、あるいは、これら関係者の訪問に際してその用務遂行を支援し協力することが在外公館における上記のような各事務の遂行に寄与すると判断される場合には、訪問先の国又は地域に設置された在外公館から必要な支援・協力が提供されることがある。これが便宜供与と称されるものである。
 かように、便宜供与の対象者は、国会議員及び国家公務員に限られるものではなく、例えば、当該在外公館の置かれている国又は地域の政治・経済情勢を調査する学術関係者、文化交流等のために当該国又は地域を訪問する民間人など、広範囲に及ぶものである。
 以上にみたところから明らかなように、原告は、「『便宜供与』とは、我が国の国会議員や霞が関に勤務する公務員らを中心とした在外公館への訪問者に対して提供される『便宜』であると理解している」とするが、そのような理解自体、便宜供与の意義及び対象範囲を誤認しているものである。
 また、上記のような次第であるから、在外公館職員が本邦から渡航者の用務に関連して何らかの支援行為を行う場合、それは、渡航者に便宜を与えるという側面を離れ、専ら在外公館の任務という観点からみても、それ自体が当該在外公館の所掌する事務である(例えば、外国政府との交渉に係る事務である場合もあろうし、国際機関等との協力に係る事務であることもあろう。)。もちろん、それと同時に、渡航者との関係からみれば便宜供与となる。すなわち、便宜供与に係る事務は、単に渡航者との関係でのみ意義を有するものではなく、他方では在外公館固有の事務の遂行にほかならないものであり、これらの両面は、渡航者側から事務の性格を捕捉するか、在外公館側から事務の性格を捕捉するかとに応じた側面の違いにすぎない。そして、便宜供与は、それを行うことが在外公館の果たすべき任務の遂行に資し、それ自体として当該在外公館の所掌する事務であるからこそ行われるものであって、便宜供与すること自体が目的となるわけではない。その意味で、便宜供与は、在外公館の任務遂行との関係でみれば、いわば手段としての性格を有するものである。
「便宜供与」と予算科目との関係
(1)  上記のことからも明らかなように、在外公館による便宜供与は、公共性を持つ用務で海外渡航する関係者の来訪に際し、外務省の任務を全うする観点から支援するためのあらゆる業務を包含するものであり、便宜供与として行われる具体的業務は、一定範囲に限定されるようなものではない。
 この点につき、原告は、「飲食を中心とした便宜供与」というような表現を繰り返し、便宜供与を接待ないし飲食の提供とほぼ同義ととらえているようであるが、このような理解は誤りである。
 現実には、便宜供与として行われる主要な業務は、例えば、空港への送迎、滞在中の移動の支援、宿舎の手配、在外公館の設置された国又は地域の要人との会談のアレンジ、会合の設定、必要な情報の提供、執務資料の入手・作成、現地視察のアレンジ、通訳の提供ないし手配、警護などであるが、これらに限られるものではない。
(2)  これを予算科目との関連で見れば、便宜供与に伴う具体的な活動の費用は、その実施過程における具体的な活動の内容、任務の目的・性格等に照らした個々の必要に応じ、最も適切と判断される予算科目から支弁される。
 したがって、便宜供与に必要な費用を支出するに当たっては、個々の業務に対応するあらゆる科目の予算が用いられ得ることとなる。例えば、第三者に調査や警備を委託する場合には諸謝金、在外公館の館員が地方に同行する場合は職員旅費、各方面との連絡調整や資料作成には庁費、定時外の空港送迎や移動に伴う人的動員には現地補助員給与というように、個々の必要に応じ、適切な科目から支弁される。
 もとより、便宜供与に係る費用は上記に掲げたものに限られるわけではなく、「便宜供与の経費」に支出される特定の科目というものはない。
 すなわち、便宜供与とは、前述のとおり、在外公館の行う所掌事務で渡航者側から眺めれば便宜の付与という側面を有するものに対する、専ら渡航者の視点からみた当該事務の性格付けにすぎない。ある事務が便宜供与であるということは、単に当該事務が渡航者への支援としての意味をも有するというにとどまり、何ら当該事務の具体的内容や在外公館の所掌事務としての性格を決定するものではない。その意味で、便宜供与という概念は、事務の具体的性格に関わらない無色透明なものである。
 そして、支出に関する予算科目は、いかなる性質の支出であるかということに基づく概念であって、具体的な事務の任務及び性格並びに経済活動の種類等によって、当該支出に対応する予算科目が決定されるのである。
 したがって、便宜供与とは予算上の概念ではなく、便宜供与に対応する予算科目の定めというものはないし、また、便宜供与であることは、予算科目を決定する上で何の意味も有しないのである。言い換えれば、便宜供与と予算科目との間には、相互の関係ないし関連性は存在しない。
第2 便宜供与と本件の争点との関係
 原告は、便宜供与の「便宜」の中には、「『食事の提供』も含まれている」(求釈明書2ページ11行目)とし、かかる経費を「我が国の国会議員や霞ヶ関官僚らの接待費」(同3ページ5行目)としている。
 要するに、原告は、在外公館を訪問する国会議員や国家公務員に対する食事の提供は、すべからく、その歓心を得るための、いわゆる「接待」であって、便宜供与として食事の提供が行われる場合には、接待が便宜供与の内容を構成すると認識しているものと理解される。
 しかしながら、そのような理解は、「便宜供与」と「食事の提供」と「接待」という範ちゅうの異なる概念を無意味・無自覚に混同し、あるいはその概念上の差異を誤解しているものである。
 既に述べたとおり、便宜供与は、公共性を有する用務で海外渡航する関係者の来訪に際し、外務省の任務を全うする観点からその用務を支援、協力するためのあらゆる業務を包含する。食事の提供が、それ自体として、渡航者の公的用務に対する支援であると同時に在外公館の有する任務を全うすることに資するわけではないから、食事を提供することを自己目的化した「便宜供与」というものはあり得ない。これに対し、例えば、他国との外交交渉に参加する渡航者及び在外公館職員が、渡航先において、他国政府関係者等に対して外交工作等を行ったり、あるいは情報提供者に対する接触を行って情報を収集するために、飲食の場を設定するというような場合があるとすれば、そのような食事の提供は、外務省の所掌する外交交渉等の事務に関連するものであるが、それと同時に当該渡航者に対する便宜供与ともいえる。そして、このような食事の提供が「接待」と称されるようなものでないことは明らかであろう。
 さらに、原告は、「食事の提供等の便宜供与(中略)の費用は、報償費から出費されていると各紙に報じられている」とし、便宜供与に使用された経費は「情報収集等のために使用される経費」には当たらない(求釈明書2ページ19行目以下)としているが、これも誤りである。
 前述のとおり、在外公館の便宜供与とこれに支出される予算科目との間に必然的関連はなく、便宜供与として行われる個々の業務に必要な経費に充てるためには、当該支出に適切なあらゆる科目からの支出が用いられるものである。
 他方、報償費は、国が、国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため、当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費であって、外務省においては、情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するため使用する経費に当てている(被告準備書面(1)41ページ)ものであり、報償費の支出は、かかる趣旨に基づき、その対象は、あらゆる職業、地位、階層、境遇、信教、思想信条の者に及び、また、その使途も、例えば、情報提供に対する対価、情報収集に必要な経費、わが国の特定の政策や立場についての理解や支持を働きかける等の外交工作に必要な経費、情報収集及び外交工作の基礎となる人脈の形成に必要な経費のようなものとなるのである(同準備書面第6、2及び3)。
 かように、報償費の支出は、その都度、それが報償費支出の目的にかなうものか否かの判断に基づき、適切と判断される使途に対し行われているところ、前記のとおり、便宜供与という性格付けをすることができるものであっても、それは、何ら予算科目を決定するものではないのであって、報償費の支出と便宜供与との間においても、概念上あるいは論理上の関連性は全く存在しない。
 原告は、便宜供与及び報償費の双方の意義ないし趣旨を十分理解せず、それらの関係ないし概念上についての理解を誤っているものというほかない。
 原告は、上記のような論拠に基づき、報償費の使途を不開示とする理由がないと結論付けている。
 しかしながら、報償費の具体的使途に関する内容について被告がこれを明らかにしない理由は、被告準備書面(1)第6及び第7において詳細に論じたとおりである。
 その要点を再論すれば、報償費は、外務省においては、情報収集活動及び外交交渉や外交関係の展開に使用される経費であり、情報収集等の事務、外交交渉等の事務、国際会議への参加等の事務に使用する目的で支出される(被告準備書面(1)41ページ)ものである。
 このようなおそれは、報償費が便宜供与を含めいかなる場面で使用されたかとはかかわりなく生ずる。すなわち、在外公館のある事務が、渡航者との関係では便宜供与と位置づけられるものであっても、他方で、当該在外公館の任務としてみれば、情報収集その他外交工作にかかわるものとなれば、これに係る費用を報償費から支出することは正当であるし、かつ、この具体的な使途を明らかにすることにより上記のようなおそれが生じることは、被告が従前から説明しているとおりである。したがって、報償費が、便宜供与にかかわる業務に係る費用に充てるため支出されたか否かによって、本件各支払関係文書に記録されている情報が法5条にいう不開示情報に該当するか否かが決せられるという関係は、成り立ち得ない。仮に、報償費の支出に係る業務が、一方では便宜供与にもかかわるものであったとしても、その具体的な使途を公にすることができないことには変わりはない。
第3 結論
 求釈明事項1ないし3については、既に明らかにしたとおりである。便宜供与に係る業務に充てるため支出される経費の予算上の支出科目は、それが便宜供与としての性格を有するか否かにかかわらず、具体的な業務の内容、目的等に基づいてもっとも適切な科目に決定されるのであって、便宜供与に関する経費であることから費目を特定することはできるということとはならない。また、報償費の支出の具体的使途を明らかにしない理由は、報償費固有の事情に基づくものであって、それが便宜供与としての側面を併せ有しているか否かによって影響されるものではない。
 以上のとおりであり、便宜供与の費用が報償費から支出されているか否かは、本件各不開示決定の適法性とは何ら関係のないことであって、これ以上釈明する要を認めない。
 求釈明事項4については、乙第1号証の1及び2並びに乙第2号証を提出している。