平成13年(行ウ)第150号 行政文書不開示処分取消請求事件

原 告 特定非営利法人 情報公開市民センター
被 告 外 務 大 臣

原 告 準 備 書 面(3)

2002年6月3日
東京地方裁判所民事第2部 御中

原告訴訟代理人弁護士 






高 橋 利 明
大 川 隆 司
羽 倉 佐 知 子
清 水 勉
佃 克 彦
土 橋 実
関 口 正 人
谷 合 周 三
はじめに
第1 自ら設定した「審査基準」をも使えない被告の分類
第2 審査基準の意義と内容
第3 あまたの機密費流用、着服・目的外使用
第4 成り立たない機密費の「全面不開示」

はじめに
1 本訴訟の主題は、被告が原告の開示請求(対象文書は、外務省官房と4つの在外公館の平成11年度の報償費(機密費)にかかる支出決裁文書)に対して「全面不開示」とした処分の違法性の審査である。被告は、原告の開示請求にかかる行政文書は情報公開法5条3号及び6号所定の不開示情報に当たるとして全面的に開示を拒んだ。その行政処分の違法の有無が審理されているのである。
2 被告は、本件訴訟に至っても、「本件行政文書は、法5条3号、6号の要件を充たしている」旨の抽象的な主張に終始している。そこで、第4回口頭弁論期日において、裁判長は、主張立証責任の考え方や審理方式について双方の主張が対立していることを確認の上、「情報公開訴訟では、被告が非開示文書の項目、性格を説明し、非開示理由を主張立証するのが通例である」と指摘して、本件においても、「対象文書の存在と当該文書に外務大臣による裁量権行使の前提となる情報が記載されていることを、被告が主張立証することが必要」との趣旨の発言がなされ、被告は、裁判長から命じられた作業を行うことを約束したのである。この指示に従うならば、最低限、各文書に記載されている情報の外形的な事実(支出の年月日、支出金額、飲食代金等その支払先が情報提供者等でない場合には「債主」名など)と官側の関係者氏名などを開示し、被告の審査基準の該当条項の明示がなされるべきところである。
3 しかし、被告は、この約束をまったく履行しなかった。被告は、原告の請求に対する不開示処分の件数は1069件であるとしたが、それらの文書の標題さえも明らかにすることなく、外務省の報償費の使用される事務はおおまかに3分類できるとして、それに従って単に3分類したものを呈示してきたのである。しかも、原告の請求5件をごちゃまぜにして、どこの部署の保管文書であるかも示さないという徹底ぶりであった。
4 本準備書面においては、被告の詐術的な作業を指弾するとともに、近年明らかになった外務省の機密費の不正使用や流用の事例を明らかにし、被告の不開示処分や、それに引き続く本訴訟での対応は、法5条3号、6号を隠れ蓑にした不正事実の隠蔽工作であることを指摘する。過去の公費流用の事例などについては、第2準備書面において、既に述べた部分もあるが、ここでは再述してある(本準備書面第3の2,4など)。
被告は、原告の主張事実に対して誠実に認否をすべきであり、原告は被告に対し、改めて裁判長の命じた約束の履行を求めるものである。
第1 自ら設定した「審査基準」をも使えない被告の分類
1 「審査基準」を報償費使用事務の3分類ですり替え
(1) 本件の争点は、前述の通り、本件行政文書に記載されている情報の法5条3号該当性の有無、同じく同条6号の該当性の有無である。
(2) 今回の被告準備書面(第4準備書面)においても、被告は自己のなすべき作業を、「不開示情報該当性を判断し得る程度の、換言すれば、これを公にするといかなる支障が経験則上生ずるおそれがあるかを判断することが可能な程度の「情報」の類型的な性質を明らかに」するとしているのである(3頁)。そして、同準備書面において、原告に対して不開示とした本件行政文書には、法5条3号に該当する情報として「他国等との信頼関係が損なわれるおそれのある情報」など、そして、法5条6号に該当する情報として「調査の個別具体的な対象に関する情報であって、公にすることにより正確な事実の把握や事後の協力が困難となるおそれのもの」などの情報が記載されていると主張しているところである(20〜21頁)。こうした文脈に従えば、「不開示情報該当性を判断し得る程度の」分類とは、外務省が自ら設定した「行政機関の保有する情報の公開に関する法律に基づく開示決定等に関する審査基準」に基づくものとなろう(「審査基準」については、後述)。法の定める要件の存否を自ら設定した基準に基づいて審査したことを明らかにする意味でも、このことは必要なことである。
(3) しかるに、被告が現実に呈示した「別表」は、前記の審査基準に基づく不開示情報の類型化ではなく、「外務省の報償費の使用される事務は、大まかにいえば3分類できる」(22頁)とし、この3分類にしたがって分類したものであった。言うまでもなく、外務省の報償費使用事務の3分類などというものは、不開示の基準とはまったく無縁のものであり、それに従ったからといって不開示情報該当性を備えることにはならず、また、何らの正当性を持ち得るものではない。
 今回の被告がなした作業は、最近はやりの"牛頭をかかげて狗肉を売る"商法に通ずるものがあるが、このような詐術とも言うべき策を弄したのは、本件行政文書の多くに情報収集や外交関係推進のための支出とはいえない公費の支出が記録されているからであろう。すなわち、被告が挙げる審査基準そのW、の3の、(2)の(ト)、(3)の(ニ)と(ホ)、(4)の(イ)と(ロ)などの類型には当てはまらない情報であるために(法5条6号についても同様)、自ら設定した「審査基準」を用いることができず、外務省の報償費使用事務の3分類を持ち出してお茶を濁そうとしたのである。これを具体的に指摘しよう。
2 各種パーテイもワイン買いだめも、すべて「3分類」の中に
(1) 被告は、本件行政文書には法5条3号、同6号に該当する情報が記載されているとして、例えば、3号該当情報の存在について、被告の審査基準を引きながら、次のように主張している。
 「本件各行政文書に記録されている情報については、この中でいえば、(2)(ト)『その他他国等との信頼関係が損なわれるおそれのある情報』、(3)(ニ)『過去又は現在の交渉に関して執られた措置や対処方針』、(3)(ホ)『その他他国等との交渉上不利益を被るおそれのある情報』、(4)(イ)『外交政策の企画、立案及び実施に付随する情報の収集、伝達、分析等の具体的活動、能力(システム、施設、設備及びそれらの運用、管理等)、手段、情報源等に関する情報』、(4)(ロ)『秘密保全のための具体的活動(警備を含む。)、能力(システム、施設、設備それらの運用、管理等)、手段、計画等に関する情報』などに該当すると判断されるものである。」(20〜21頁)と。
(2)そうであれば、少なくとも、この審査基準によって類型化した別表を呈示すべきであるが、しかし、「別表」は前述の通り、本件行政文書に記載されている情報を審査基準に従って類型化したものではなく、外務省の報償費使用事務分類にしたがって3分類したものである。報償費を使用する事務の3分類は、次のように説明されている。
(ア) 第一に、外交を的確に実施していくための情報の収集に使用されている。重要な情報の収集は信頼関係に裏打ちされた人脈が基盤となり、それを築き維持していくためには不断の努力が必要となる(被告準備書面(1)第6の3(2)、ア)。
(イ) 第二に、外国との外交交渉や日本にとっての外交関係を円滑かつ有利に展開するために使用されている(被告準備書面(1)第6の3、(2)、イ)。
(ウ) 第三に、国際会議での議論を我が国にとって有利に進めるため、会議の場や諸外国のおいてさまざまな関係者に対し働きかけを行うといった努力も当然必要である(被告準備書面(1)第6の3(2)ウ)。(22頁)
(3) この分類によれば、会計検査院が報償費からの支出を不適として改善を求めた、国内、海外で大規模に開催されるレセプション、大使らの任地での就任披露宴、ワインの買いだめ、任地への手みやげとしての日本画購入費、などの各費用はすべてこの3分類に潜り込ませることができる。大使就任のレセプションも買いだめワインも、任地への手みやげの日本画も、みな「外国との外交交渉や日本にとっての外交関係を円滑かつ有利に展開するために使用される」費用であることには間違いなかろう。
 被告が、「審査基準」に基づく不開示情報の類型化ではなく、外務省の報償費使用事務の3分類で「別表」をつくった意図はここにあるのである。審査基準で「別表」をつくれば、本件行政文書の中には、これに入らない情報が多くあるために、これを回避したのである。被告は、本件行政文書に記載された外形的事実の開示と共に、自ら設定した審査基準に従った類型化をなして「別表」の作成をし、これを早急に提出すべきである。
3 世間の常識から外れた外務省職員―「変える会」の中間報告
(1) 外務省は、川口大臣の下に「変える会」(座長・宮内義彦氏)というのをつくって外務省改革を検討中である。この種の作業を1年の間に二度もやっているのだが、平成14年5月9日、「中間報告」が発表された。その中の一節には、「昨年の『外務省機能改革会議』の提言は『外務省に対する信頼感は史上最低ともいいうる』と指摘しているが、現在の外務省はそれよりさらに信頼を失っている」とある。その通りであって、「変える会」では、大臣から諮問のあった「10の改革」について、改善策や改革のための各種基準作りを急ピッチで進めるとしている。
 例えば、「Y 外務省予算の効率的使用・透明性の確保」という項目では、「報償費の見直し」とか「報償費に関する説明責任の範囲等」の検討などが盛り込まれている。そして、「] 政策立案過程などの透明化」の項目では、「情報公開法に基づく開示請求に対する適正な対応、非開示情報に関する理由・基準等の明確化・明示化」を進めるとしている。
(2) 「変える会」のこうした方向での検討作業の意義を否定するつもりはないが、現在の外務省職員の体質では、いくら立派な基準をつくろうとも基準を実行する彼らがそれに従わないのだから、改革は進むわけはない。これまで述べてきたように、被告第4準備書面がその適例であろう。都合が悪くなると、自ら設定した基準も無視して都合の良い基準を急ごしらえして、国民の目をごまかそうとするのである。
 前出の「変える会」の中間報告の「U 誤ったエリート意識の排除とお客様志向」という項目では、「各省員が日々の業務遂行・生活を点検し、『世間の常識』から外れた慣行や考え方の是正を図る」ことも検討するとある。こうまで言われる役所は外務省だけだと思われるが、外務省(職員)としては自らを改める最後のチャンスなのだから、この訴訟に関わる諸氏も肝を入れ替えて、この原告準備書面にまじめに答弁をしてもらいたいものである。「変える会」の委員の一人は、「外務省は、本当に変えるつもりがあるのか分からないところがある。国民もそう思っていると思う」とさえ述べている(同会議、第1回会議での発言)。心して、答弁して貰いたい。
第2 審査基準の意義と内容
 被告が第4準備書面で言及している「審査基準」について、本準備書面での検討に必要な範囲内で、関係部分を紹介しておくこととする。
1 審査基準の位置づけ
 行政手続法5条は、申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めにしたがって判断するために必要とされる基準を定め、この審査基準を公開することを定めている。外務省は、行政手続法第5条を受けて、行政機関の保有する情報の公開に関する法律に基づく開示決定等に関する審査基準(以下「審査基準」という。)を定め公開している。
 この審査基準は、あくまでも被告の内部基準であって、もとより情報公開法の解釈がこの基準によって規定されるものではないが、少なくとも、原告の情報公開請求に対し、被告の対応が自ら定めた審査基準に反するものであってはならないはずである。
 被告は、原告らの請求する報償費の支出根拠、計算証明等の文書は、情報公開法第5条3号及び同条第6号の情報に該当すると主張するので、以下、審査基準の該当箇所を概観する。
2 法第5条本文に関する「審査基準」の内容
(1) 情報公開法5条本文に関する審査基準は、「情報公開法は、国民主権の理念にのっとり、政府の諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とするものであることから、行政に係る情報は原則開示との考え方に立ち、行政機関の長は、開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されている場合を除き、当該行政文書を開示しなければならない」とする。そして、「開示請求に係る行政文書の一部に不開示情報が記録されている場合においては、第六条に基づき、当該不開示情報を除き、部分開示することが義務付けられている。」としている。
(2) そして、情報公開における「開示」とは、「行政文書の内容をあるがままに示し、見せることであり、開示・不開示の判断は、専ら開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されているかを基準として行われ、開示の実施の方法によって開示・不開示の判断が異なることはない。」と規定しているのである。
(3) さらに、情報公開法に規定された「おそれ」の有無の判断に当たっては、「単なる確率的な可能性ではなく、法的保護に値する蓋然性が求められる。」としている。
 このように、審査基準においても、情報の開示が原則で不開示は例外で、抽象的な「おそれ」によって情報の公開請求を妨げてはいけないこと、情報は行政文書の内容をあるがままの状態で公開すべきことが規定されている。
3 法5条3号に関する「審査基準」の内容
 審査基準によれば、5条3号の審査に当たっても、「国民等からの請求に可能な限り応え」ることを原則とするよう規定し、個々の概念は次のように解するとしている。
(1) 「国の安全が害されるおそれ」とは、直接侵略及び間接侵略に対し、独立と平和が守られ、国民の生命が国外からの脅威等から保護され、国の存立基盤としての基本的な政治方式及び経済・社会秩序の安定が侵害されるおそれであるとしている。なお、この「おそれ」とは、すでに述べたとおり法的保護に値する蓋然性が必要とされている(以下、同じ)。
 そして、「公にすることにより、国の安全が害されるおそれのある情報」に該当する可能性が高いかまたはその類型例として、次のものをあげている。
(イ)我が国の防衛上の能力を減じる等の影響があるおそれのある情報
(ロ)日米安保条約の下での米国との関係をはじめとする我が国と他国との関係に関連する安全保障上の利益を損なうおそれのある情報
(ハ)平和と安全の維持のための国際的な協力の実効性を損なうおそれのある情報
(ニ)経済の持続的発展に不可欠な資源の安定的な供給が国外からの脅威等により阻害される等により我が国の存立基盤としての基本的な経済秩序の維持を損なうおそれのある情報
(ホ)その他国の安全が害されるおそれのある情報(我が国の安全保障に否定的な影響を及ぼすおそれのある情報を含む。)
(2) 「他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ」のある場合とは、「他国若しくは国際機関」との間で、相互の信頼に基づき保たれている正常な関係に支障を及ぼすようなおそれをいうとし、例えば、公にすることにより、他国等との取決め又は国際慣行に反することとなる、他国等の意思に一方的に反することとなる、他国等に不当に不利益を与えることとなるなど、我が国との関係に悪影響を及ぼすおそれがある情報が該当すると考えられるとしている。
 そして、「公にすることにより、他国等との信頼関係が損なわれるおそれのある情報」に該当する可能性が高いかまたはその類型例として、次のものをあげている。
(イ)他国等より、公式の立場に合致しているか否かを問わず、公開を前提とせず提供された情報
(ロ)他国等との間において、不公表が申し合わされている情報
(ハ)当該情報に関係する他国等に対し、その国際的な地位を低下させる、その安全が害される、政治・経済・社会上の混乱を惹起する等の不利益を不当に与えるおそれのある情報
(ニ)直接特定の不利益を与えなくとも公開することが他国等の意思や国際慣行に反し、我が国に対して有している信頼を傷つけることとなるおそれのある情報
(ホ) 他国等に対する我が国の見解に関する情報であって、公にすることにより、当該他国等と我が国の信頼関係を損なうおそれのあるもの
(ヘ)国際機関を通じて行われる国際的な協力の実効性を損なうおそれのある情報
(ト)その他他国等との信頼関係が損なわれるおそれのある情報
(3) 「他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ」があるものとは、他国等との現在進行中の又は将来予想される交渉において、我が国が望むような交渉成果を得られなくなる、我が国の交渉上の地位が低下するなどのおそれをいうとし、例えば、交渉(過去のものを含む。)に関する情報であって、公にすることにより、現在進行中の又は将来予想される交渉に関して我が国が執ろうとしている立場が明らかにされ、又は具体的に推測されることになり、交渉上の不利益を被るおそれがある情報が該当すると考えられるとしている。
 そして、「公にすることにより、他国等との交渉上不利益を被るおそれがある情報」に該当する可能性が高いかまたはその類型例として、次のものをあげている。
(イ)現在進行中の又は将来予想される交渉に関する我が国の立場を示す対処方針等の情報
(ロ)過去又は現在の交渉(関連を有する交渉及び内容、形式等において類似の交渉を含む。以下同じ。)に関する政府部内の検討に係る情報
(ハ)過去又は現在の交渉に関する他国等との協議に係る情報
(ニ)過去又は現在の交渉に関して執られた措置や対処方針
(ホ)その他他国等との交渉上不利益を被るおそれのある情報
(4) 公にすることにより、上記(1)〜(3)に該当する情報が第三者に明らかとなる事態を招来するおそれがある情報として、次のものをあげている。
(イ)外交政策の企画、立案及び実施に付随する情報の収集、伝達、分析等の具体的活動、能力(システム、施設、設備等及びそれらの運用、管理等)、手段、情報源等に関する情報
(ロ)秘密保全のための具体的活動(警備を含む)、能力(システム、施設、設備及びそれらの運用、管理等)、手段、計画等に関する情報
4 法5条6号に関する「審査基準」の内容
(1) 審査基準によれば、本文の「その他(中略)おそれ」とは、同号のイ〜ホまでに掲げられれる事務・事業のほか、同種のものが反復されるような性質、将来の同種の事務又は事業の適切な遂行に支障を及ぼすおそれがあるものとしている。なお、この「おそれ」も、すでに述べたとおり法的保護に値する蓋然性が必要とされている。
(2) そして、「その他」に関しては、個別具体的に判断する必要があるとし、個別に判断する必要があるものとして、在外公館の情報収集活動に関する情報、政府要人の行動スケジュール、想定問答、警備マニュアル等重要な会議や打ち合わせ等を円滑に進めるための事前準備に関する情報などをあげている。
第3 あまたの機密費流用、着服・目的外使用
1 外務省機密費の最大の不明朗金は「上納機密費」
(1) 「古川文書」で明らかに
ア 外務省報償費の中に、内閣への「上納機密費」が含まれていることは、今や国民の常識となっている。1980年代から近年までその額は、年間15億円から20億円であると報じられている。この事実を明白にしたのは、平成13年2月に共産党が公表した「古川文書」である。そして、同年3月には毎日新聞が、複数の外務、財務両省関係者の証言を得て「上納機密費」の存在と支出手続が明白になった、と報じた。
イ 古川文書によれば、昭和58年度から平成元年度までの内閣報償費の「内閣分」と「外務省分」の内訳は次の通りである。
単位:百万円
内閣分 外務省分 合  計
昭和58年度 1,180 1,478 2,658
昭和59年度 1,180 1,478 2,658
昭和60年度 1,180 1,577 2,757
昭和61年度 1,180 1,577 2,757
昭和62年度 1,180 1,577 2,757
昭和63年度 1,278 1,977 3,257
平成元年度 1,297 1,997 3,294
ウ このような数字と共に、古川文書には「官房長官が取り扱う報償費(機密費)は、予算上、内閣官房と外務省に計上されており、形式的には外務省計上分を内閣官房に交付する形をとっている」と説明されている。この「古川文書」は、平成元年5月当時、主席内閣参事官であった古川貞二郎氏が、竹下内閣から宇野内閣への交代に際して、引継書として作成されたものと報じられている。「古川文書」に用いられた用箋は、「内閣」と印刷された便箋3枚である。
(2) 支出決議書の「債主」欄には「内閣官房長官」
ア そして、平成13年3月5日の毎日新聞朝刊は、前記外務省の上納金の予算作成上の手続と支出手続の双方について、「機密費の上納をめぐる現金と小切手の流れ」を報じている。
 この報道によれば、上納制度ができたのは「日韓条約交渉のため多額の工作資金を必要とした1960年代初めから」とされている。そして、「外交機密費のうち、予算編成段階で官邸への上納分と残りの実質的な外務省分の内訳が決まり、外務省では年度初めに四半期ごとに均等割りした支出計画書を作っていた」という。
イ ついで、外務省における「上納機密費」の支出手続きであるが、「月に1,2回、総理府会計課の担当者が外務省会計課審査室に機密費の『支出依頼書』を届け、同課出納室が政府小切手を発行、再び審査室を通じて総理府会計課職員に小切手を渡す、という流れで上納手続きが行われていた。その際、外務省で作る支出決議書の『債主(支出先)』欄には『内閣官房長官』と記されていた」という。
 こうした内閣官房からの請求に対して、外務省側は、外務省本省分と在外公館分の「両方からバランス良く出すために通常2枚の小切手を切り、合計で要請に見合う額にしていた。一枚当たりの小切手の額面は5000万円が中心だった。また同省内では上納のたびに審査室長→会計課長→官房長→事務次官の順で決裁書が回っていた」という。
ウ 毎日新聞によれば、こうして官邸に流れ込んだ巨額の上納金は、予算書には一切登場しない裏の官房機密費として与党の選挙資金などに充当されていた可能性がある、としている。
 ともかく、巨額の税金が本来の外務省報償費の定める使途とは全く無縁の使い道に消えているのである。原告が報償費の支出決裁文書の情報開示を求めている時期は、平成11年度分であるが、この時期にも、前述のような上納機密費が存在したことは明白であり、このような支出決済文書であるならば、被告が法5条3号該当の情報として不開示とすることは許されないものである。
2 会計検査院も報償費の不適正執行を指摘
(1) 会計検査院の指摘
ア 会計検査院は、外務省の報償費の執行について調査を行い、平成13年9月27日、会計検査院法第34条に基づく是正改善の措置と、同法36条の規定に基づく改善の措置を要求した(同日付で「報償費の執行について」と題する文書を公表)。
イ 会計検査院は、この「措置要求」において、外務省に対し報償費の本来的な使途に相応しくない使われ方がなされていることを指摘している。以下、会計検査院の調査結果に基づいて、「報償費」の使途を点検する。
ウ 会計検査院の調査対象は、外務省本省と在ベトナム日本国大使館外12箇所であるとされている。平成8年度から12年度までを調査したが、その中心は12年度であるとされている。
エ 上記「報償費の執行について」(甲第11号証)では、外務省の報償費の経理処理について、「支払が翌年度の予算から行われているもの」、「支出に関する決済が事前になされていないもの」、「書類の不備等により確認が十分できないもの」、「監査が十分に行われていないもの」などがあると指摘した上、報償費の使途について、次のように認定している。
 「報償費は、想定しがたい突発的な事態が生じ得る外交においては、特に柔軟な対応が求められることから、機動的な執行が可能な経費として配賦されている。しかし、12年度に報償費で支出されたものの中には、定型化、定例化するなどしてきており、当面の任務と状況に応じ機動的に使用するとの報償費の趣旨からすると、報償費ではなく庁費等の他の費目で支出するよう改善する必要がある経費(国内又は海外で開催される大規模レセプション経費6131万円、酒類購入経費1536万余円、本邦関係者が外国訪問した際の車借上げ等の事務経費1083万余円、在外公館長赴任の際などの贈呈品購入経費4720万余円、文化啓発用の日本画等購入経費7233万余円)が含まれていた」(8〜9頁)と指摘している。結局、会計検査院が指摘した改善を要すべき不当処理されていた金額は、2億703万円にも上っている。
(2) 情報収集等のために使用されていない報償費の存在
ア 会計検査院の調査は外務省の全庁調査ではないから、全在外公館において、報償費が同様な処理をされていたとは、直ちには断定できない。しかし、同院が改善措置を求めた報償費の執行は、外務省内では何らの疑問も持たれてこなかったものであり、かつ、同院が改善を求めたのは調査対象部署だけでなく、全省に対してのことであるから、この報償費の不当な執行は、外務省内でひろく行われていたものと理解してよかろう。
イ 会計検査院が指摘した、@国内又は海外で開催される大規模レセプション経費、A酒類購入経費、B本邦関係者が外国訪問した際の車借上げ等の事務経費、C在外公館長赴任の際などの贈呈品購入経費、D文化啓発用の日本画等購入経費などが、外務省における業務遂行上の必要経費であろうことに、原告は格別の異論をはさむものではない(程度問題は別とするが)。しかし、これらの経費は、支出の形態においては「国が、国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため、当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費」(被告第1準備書面41頁)には当たらないこと明白であり、また、「情報収集及び諸外国との外交交渉ないしは外交関係を有利に展開するため使用する」直接的な経費ではないことも明らかである。会計検査院が指摘した前記の経費は、形式面においても、実質面においても、「報償費」としての性格を有しない支出なのである。
ウ 会計検査院は、「本院が要求する是正改善及び改善の措置」として、「報償費の使途について見直しを行い、庁費等の他の費目から支出するよう改善する必要がある経費については他の費目での予算措置を講ずるなどし、今後は報償費として真に支出する必要があるものに使用していくこと」(10頁)を求めた。会計検査院は、外務省の報償費が本来の趣旨に使用されていないことを指摘し、その改善を求めたのである。(この項は、原告の第2準備書面でも述べた)
3 職員による機密費の着服・流用
(1) 林課長補佐の公金着服
 平成13年7月16日、外務省経済局総務参事官室の小林祐武課長補佐外1名が詐欺容疑で逮捕された。同小林とその部下は、平成12年7月に開催された九州・沖縄サミットの準備事務局に勤務していた同年1月から7月にかけて、同事務局が都内などで借り上げたハイヤー代の水増し請求をタクシー業者らにもちかけ、その水増し分を着服した(罪名は詐欺罪)というものである。サミット事務局がハイヤー業者に対して実際に支払った金額は約900万円で、水増し・着服代金額は1300万円というものである。このうち、約1100万円はタクシー・クーポン券やハイウエイカードなどで受け取り、小林らはこれを金券ショップで現金化したりして、生活費や遊興費に充てたとされるが、タクシークーポン券は、外務省の同僚らにも使わせていた。
(2)浅川課長補佐の公金着服
 9月6日、欧州局西欧第1課浅川明男課長補佐が、同じく詐欺容疑で逮捕された。ホテル代の水増し請求による着服である。浅川の公金詐取は、平成7年に開催されたアジア太平洋経済協力会議大阪会議に絡むもので、ニューオータニの営業幹部らと共謀して閣僚会議のための使用料や外国要人の宿泊料等を水増し請求させて公金4億2300万円を詐取したとするものであるが、水増し請求額は約7000万円、うち浅川が個人的に流用したのは金4300万円とされる。この4300万円の中には、ホテル側の営業幹部の着服分を含むが、浅川の着服分のおこぼれに預かった幹部には、外務省の局長、参事官、課長級のキャリア幹部、浅川の部下のノンキャリア職員20名前後の者がいたと報道されている。「淺川がだまし取った公金で、局長らキャリア幹部を含めた多くの職員が宿泊・飲食を繰り返していたほか、100名以上の職員を集めた打ち上げパーテイを開くなどしていた」(歳川隆雄著「外務省の権力構造」35頁)。浅川の詐取・着服分には、明らかに機密費を原資とするものが含まれている。
4 外務省本省の組織的「うら金作り」―公表された「プール金調査報告書」から
(1) 20年にわたる全庁での組織的な「うら金作り」
ア 田中外務大臣は、平成13年11月30日、「『プール金』問題に関する調査結果報告書」(甲第15号証)を公表した。元要人外国訪問支援室長による機密費詐取事件での起訴に続いて、前述のハイヤー料金水増し着服事件(平成13年8月 起訴)、同ホテル宿泊代金水増し着服事件(同年9月 起訴)が、各部局の予算執行の中で取引先にいわゆる「プール金」を設け、これを不正に着服する手口であったことから、外務省も重い腰を上げて全庁調査を行うに至ったのである。調査対象とした期間は、平成7年4月1日から同13年7月末日まで、調査対象企業は、ホテル、ハイヤー、事務機器、旅行代理店及び百貨店など31社であったとされている。
イ この報告書によれば、「『プール金』は、外務省が経費を支出する各種行事(外国の賓客やその他要人の招聘、国際会議、レセプション等)の一部において、外務省から取引先に実績を上回る支払がなされた結果生じたものであり、これを諸外国要人の本邦における接遇に関連して生じた経費(ホテルにおける連絡室の設置等)、諸行事に際しての弁当代など職務に関連した経費の他、職員間の懇親の経費等に充てていたものである。職務に関連した経費と職員間の懇親のための経費の割合は、概ね半々であった。」(1頁) 「外務省が費消した『プール金』として、約1億6000万円という額を算出するに至った」うえ、「現時点においてホテル等に合計約4240万円の残高が計上されていることが判明した」(前同)というものである。
 プール金を有していた課・室は、全課・室119のうち、71課・室である。これらの課・室が計12社の取引先企業に『プール金』を有し、「外務省省員が職務に関連して又は職員間の懇親のための経費として使用した」というものである(田中外務大臣の記者会見での説明)。(「プール金調査報告書」は、原告第2準備書面でも述べた)
ウ 田中外務大臣のその際の説明によれば、こうした省内の不正慣行は20年以上も前から行われていたという。そして、この時のことではないが、野上事務次官も、淺川明男課長補佐の処分発表の際には、「昔からこうした慣行はあった」と、水増し請求が昔から恒常的に行われていたことを認める発言をしている。外務省は、頭から尻尾まで腐りきっていると言って過言ではない。
(2) 不正経理された費目・科目
 外務省の「プール金」としてのうら金の合計額は、前述のとおり、2億240万円に上った。この「プール金」が省内のどの科目・費目から捻出されたものかは公表されていないが、「プール金は、外務省が経費を支出する各種行事(外国の賓客やその他要人の招聘、国際会議、レセプション等)の一部において、外務省から取引先に実績を上回る支払がなされた結果生じたもの」というのであるから、報償費の執行の過程で取引先に水増し請求をさせていたものがあったことは疑いない。報償費も職員らの食い物にされていたのである。いやむしろ、会計検査院が指摘したように、報償費には特別扱いが認められていたことからすれば、報償費こそ「プール金」のうら原資であったと見る方が正しいであろう。
5 在外公館での不祥事
(1) 田中外務大臣の下で、在外公館での不祥事もその幾つかが公表され、職員らの処分も行われた。多くは、それまで隠しつづけていた公使、職員等の公金の着服や不正使用の事実が、改めてマスコミ等で取り上げられ、公表となったものである。外務省の隠蔽体質が、ここにも表われている。平成13年に報道されたものには、次のようなものがあった。
@ 7月26日、水谷周・アメリカ デンバー総領事。機密費・公費流用問題で懲戒免職処分。総領事に着任した平成11年から同12年にかけて、公邸修繕費として受け取った公費約2500万円のうち、約900万円を絵画や家具など資材の購入費に流用し、また、機密費を流用して家族の食費に充てるなどしていた。
A 8月13日、在パラオ大使館の会計担当だった宮崎文美義前理事官の停職処分。平成11年2月に着任後、機密費や公金を納めた大使館の金庫から計約150万円を私的に流用した。
B 8月24日、在ケニヤ大使館の荒川吉彦前公使を懲戒減給処分、ほかに書記官ら2名を懲戒戒告など。荒川は平成9年から同12年までの公使時代に、住居手当の対象にならない家具のリース料計163万円ほか、計約223万円を不正受給したなど。
(2) このほか、マスコミ報道では、在キューバ大使であったK氏は、在任中(平成2年当時)、退職後にキューバでレストランを経営するため、高級家具や電化製品の購入に機密費を含めた公費約3000万円を流用した。そして、在オーストラリア大使館で平成5年に発生したとされるもので、当時の会計担当者が、大使館の積立金から2百数十万円を引き出して乗用車の購入費等に充てていた、などの報道がある。
(3) 「外務省の権力構造」の著者・歳川隆雄氏は、同書で外務省不祥事を拾い上げた後、「これらの犯罪的な不祥事は、各地の在外公館が公金流用・着服という不正と腐敗に汚染されている実態を物語るものであり、しかもその不正の当事者はキャリア官僚の高官トップから若手ノンキャリアにまで及んでいるのだ」と指摘している。
 なお、右に挙げたような在外公館の不祥事は、外務省退職者らの手記には、日常茶飯の出来事として語られている。
6 便宜供与のための費用
(1) 在外公館において「便宜供与」が一つの大きな業務であるとされている。「便宜供与」とは、わが国の国会議員や霞ヶ関に勤務する公務員らを中心にした在外公館への訪問者に対して提供される「便宜」であると理解しているが、これらの「便宜」の中には、「食事の提供」も含まれている。外務省大臣官房総務課がまとめた「平成11年便宜供与件数統計表」によれば、平成11年(暦年)に在外公館で提供された「便宜供与」の総件数は、33,229件であり、うち食事の供与回数は14,303回であったとされている。このように、「便宜供与」には、当然一定額の出費がなされている。
(2) 原告が「報償費」の支出関係書類の開示を求めている在米大使館ほかの3つの在外公館においても、平成11年度中、食事の提供等の便宜供与が行われており、これらの費用は、報償費から出費されていると各紙に報じられている。そして、このことは、外務省の平成14年度予算においては、首相や外相、国会議員の外国訪問の際の便宜供与に使っていた8億円は交際費へ振り替えることになった、との状況からも明らかである(次項で再述)。
 以上の事実からすれば、在外公館における報償費の使途のうち、わが国の国会議員や霞ヶ関官僚らの接待費として使用された経費は、前記の「情報収集等のために使用される経費」には当たらないこと明白であるから、これを含めて在外公館の報償費を全面不開示とする被告の処分が違法であることは明らかである。
7 平成14年度では機密費40%削減
(1) 会計検査院の調査によって報償費の不適切な使用が明らかにされるに及び、外務省も平成14年度の予算要求では、報償費の費目振替と節減を打ち出さざるを得なかった。
 同13年度の報償費予算額(本省と在外公館で55億7千万円)に比して、約40%相当減額する方針で、予算要求額は33億4000万円に止めることした。当時の新聞報道によると、この減額(22億3千万円)のうち、首相や外相、国会議員の外国訪問の際の便宜供与に使っていた8億円と各種レセプション経費6億円の合計約14億円は交際費への振替で処理し、約8億円が「節約」であるという(日経新聞13.9.2朝刊ほか)。これによれば、減額40%のうち、25%相当額が費目の振り替え、15%相当額が「節約」ということになる。
(2) 平成13年12月21日付けで公表された「外務省改革の現状」(同省ホームページ)によれば、「平成14年度概算要求において、予算執行の整理の観点から内容を精査し、近年定型化・定例化しているものについては、可能な場合には報償費以外の科目で具体的な事項を立て、他の経費と併せて新たに積算の上で計上。更に、効率化・節約を図った。その結果、2001年度(約55.7億円)から約40%減額して33.4億円を計上」とされている。会計検査院の指摘を受け入れ、機密費としては40%を削減したのである。
第4 成り立たない機密費の「全面不開示」
 今日、外務省から内閣官房へ「上納機密費」の支払いがなされていることは、国民的な常識である。これらの支出は本省の官房と在外公館からの「機密費」からなされているという。
 前出の「変える会」の第1回会議での委員の発言中にも、「10の改革の中に『機密費とプール金問題』が入ってない。国民は『議員の関与』と並んで関心を持っている分野だから、もし取り上げない、取り上げられないのであれば、その理由をきちんと説明すべきだ」というものがあった。改革の第一歩は、過去の不正を審らかにすることから始められなければならない。
 そして、会計検査院の調査によって、本省並びに在外公館において本来の報償費の趣旨にそぐわない経費、すなわち、@国内又は海外で開催される大規模レセプション経費、A酒類購入経費、B本邦関係者が外国訪問した際の車借上げ等の事務経費、C在外公館長赴任の際などの贈呈品購入経費、D文化啓発用の日本画等購入経費などが、報償費から大量に支出されていた事実が動かぬものとなった。
 また、外務省自身の「プール金調査」で、省ぐるみの報償費の不適正執行や公金詐取の犯罪が公になるに至った。こうした犯罪的な慣行が古くから行われてきたことは、田中外務大臣も、野上事務次官も認めるところとなった。外務省も、世論の厳しい批判に堪えられず反省を示して幹部職員が「プール金」の弁済を行うと共に、平成14年度の予算では報償費を40%カットするに至った。
 これらの事実は、少なくとも被告が、外務省の従前の報償費が不適正にあるいは目的外に使用していたことを自認したものである。そうであれば、報償費の支出会計書類を全面不開示とする理由は、どこにも見当たらないはずである。
以上