平成13年(行ウ)第150号 行政文書不開示処分取消請求事件
原 告 特定非営利活動法人情報公開市民センター
被 告 外務大臣

意 見 書

平成16年7月7日
東京地方裁判所民事2部A2係 御中

被告指定代埋人
間   史 恵
友 利 英 昭
吉 田 尚 弘
山 本 美 雪
高 林 正 浩
上 月 豊 久
相 沢 英 明
西 海 茂 洋
佐 野 豪 俊
岡 島 洋 之
片 山 太 一

 被告は、原告の平成16年6月30日付け検証申出書(以下「本件検証申出」という。)に対し、次のとおり意見を述べる。
 なお、略称は特に断らない限り、従前の例による。
第1 本件検証申出の趣旨と被告の意見の要旨
1 本件検証申出の趣旨
 本件検証申出は、被告が不開示処分を行った本件各文書に、情報公開法5条1号及び6号に規定された不開示情報が記載されていないこと、被告が同条3号に該当すると判断したことについて相当の理由が認められないことを証すべき事実とした上、被告が不開示処分を行った本件に関するすべての文書について検証を求めている。
2 被告の意見の要旨
 しかしながら、本件検証申出は、検証の名を借りた「書証」の申出であり、ひいては、情報公開法及び民事訴訟法(以下「民訴法」という。)が許容していない、いわゆる「インカメラ審理」を行うことを求めるものにほかならず、不適法であることが明らかであるから、速やかに却下されるべきである。
 以下、詳論する。
第2 本件検証申出が不適法であること
1 検証の意義等について
(1)  そもそも「検証」とは、裁判官がその感覚作用によって直接に事物の性質・形状・現象・状況を検査・観察して得た事実判断を証拠資料とする証拠調べであり(吉村徳重ほか編・注釈民事訴訟法(7)200ページ)、例えば、各種事故による損害賠償請求事件における事故発生現場の状況、土地境界確定事件における係争土地部分や境界付近の状況、家屋明渡請求事件における家屋の朽廃状況などが検証の典型的な例である。
 このように、検証は、対象となる目的物の物理的性状を認識する証拠調べである。
(2)  一方、「書証」とは、文書を閲読してその意味内容を証拠資料とする証拠調べであるが、これは、文書に表現された思想内容を知るための証拠調べであって、文書の紙質や記載文字の筆跡墨色など事物の形状や性質を検査する検証とは区別される(前掲・注釈民事訴訟法(7)1ページ、伊藤眞・民事訴訟法〔第3版〕392ページ、門口正人編集代表・民事証拠法大系第4巻各論U書証240ページ)。つまり、検証の対象となる目的物が文書である場合についてみれば、検証の場合には、文書の記載内容ではなく、文書の紙質、地色や筆跡、印影の同一性ないしは文字の配列等を認識して、これを証拠資料とすることにとどまるのであり(加藤新太郎ほか・裁判実務大系17「医療過誤訴訟」474ページ参照)、文字の記載内容(思想・判断)に基づく判断内容を証拠資料とする「書証」とは異なるのである。
2 本件検証申出は、検証の名を借りた「書証」の申出にすぎないこと
(1)  ところで、前記第1、1のとおり、本件検証申出の趣旨は.本件各不開示文書の検証によって本件各不開示文書に法5条1号及び6号に規定された不開示情報が記載されていないこと及び同条3号に該当すると判断したことについて相当の理由が認められないことを明らかにすることにある。
(2)  本件検証申出の趣旨がこのようなものである限り、本件検証の申出は、検証の名を借りた「書証」の申出にすぎないことは明らかである。
 すなわち、原告が本件検証申出によって達成しようとしている目的は、検証に名を借りて、裁判官をして実際に本件各不開示文書を見分させ、法5条1号及び6号、3号に該当する不開示情報が記載されているか否かを評価させることにあるのであって、要するに、文書を閲読し、その読み取った記載内容を証拠資料として評価させることであるから、それはもはや、本件各不開示文書の物理的形状を認識するという本来の検証の証拠調べとは異なるものといわざるを得ない。このような裁判官による文書の記載内容の認識、情報の同一性の判断を経る手続は、文字の記載内容(思想・判断)に基づく判断内容を証拠資料とする「書証」によるべきであって、検証に当たらないことは明らかである。
(3)  仮に本件で、前記(1)で指摘したような民訴法所定の「検証」手続にのっとった形で、裁判官が本件文書を見分する作業を想定してみると、次のようになる。
 すなわち、まず、「検証」というからには、裁判官は、検証の目的となる文書につき、その内容自体には入らずに、本件各不開示文書の外形的形状の相違をチェックすることになるが、そうだとした場合、本件各不開示文書の検証により、文書の枚数、文字数(全体及び一行毎の字数)、その配列、行数や段落の分け方、項立ての数等の外形的形状は把握できるかもしれないが、かかる形状を把握したところで、本件各不開示文書に法5条1号、3号、6号に規定している不開示情報が記載されているか否かは評価できないから、結局のところ、原告が求めるように、本件各不開示文書を「検証」として取り調べる限り、そもそもの立証命題である「本件各不開示文書に法5条1号、3号、6号に当たる不開示情報の記載がない事実」を明らかにすることはできないのであって、本件訴訟において、本件各不開示文書の物理的形状や形式的な検査を行っても何らの価値も見いだすことができないのである。
(4)  以上のとおり、そもそも、本件検証申出の実態は、本件各不開示文書に記載された情報が情報公開法5条1号、3号及び6号に該当しないことを立証趣旨とする「書証」の申出(ちなみに、この場合には、文書提出命令の申出を要することとなろう。)にほかならず、その立証を「検証」によって行うことは許されない。
3 本件検証申出は、いわゆる「インカメラ審理」の申出にはかならないこと本件検証申出は、前述のように、実質的に「書証」の申出であるとともに、以下のとおり、検証の名を借りて、情報公開法及び民訴法が想定していない、いわゆる「インカメラ審理」を行うことを求めるものにほかならず、明らかな脱法行為というほかない。
(1) 情報公開法とインカメラ審理について
 インカメラ審理とは、「公開の法廷に提出されず、かつ、当事者にも閲読の機会が与えられないで、裁判官だけがその文書の提示を受ける」(ジュリスト増刊・研究会新民事訴訟法勉強会一立法・解釈・運用297ページ)、「判事室あるいは判事の私室などの公衆に開かれていない場所において行われる審理、審問等を指して用いられる言葉であるが、我が国でも、相手方当事者にその内容を知らせない非公開審理の手続の意味で使われる」(総務省行政管理局編・詳解情報公開法184ページ)、「相手方当事者には見せずに裁判官が文書を実際に閲覧する審理方式」(宇賀克也ほか編・「対話で学ぶ行政法」130ページ)などと定義付けされており、以上の要点を整理して構成するならば、相手方当事者に閲覧の機会を与えることなく裁判官が文書を閲覧して行われる非公開審理手続が「インカメラ審理」であるといえる。
 ところで、情報公開法に関する立法作業においては、インカメラ審理につき次のように取り扱うものとされた。
 すなわち、
(ア)  情報公開法に関する立法作業は、平成7年3月、行政改革委員会に設置された行政情報公開部会において、要綱案作成に向けての作業が開始されたことに始まるが、同部会が、平成8年11月1日、要綱案とその考え方を記載した最終報告を同委員会に提出した後は、同委員会において調査審議が行われ、これを経て、同年12月16日、内閣総理大臣にあてて、「情報公開法要綱案」及び「情報公開法要綱案の考え方」等からなる「情報公開法制の確立に関する意見」が具申され、これが基本となって、平成11年5月78、現行の情報公開法が成立した。(前掲・詳解情報公開法1ないし5ページ)。
(イ)  そして、行政改革委員会は、「情報公開法要綱案の考え方」八(2)イの中で、「情報公開訴訟手続において、インカメラ審理、すなわち、相手方当事者にもその内容を知らせない非公開審理の手続を設けることについては、適正・迅速な訴訟の実現のため、その有効性や必要性が指摘されている」ものの、「この種の非公開審理手続については、裁判の公開の原則(憲法第82条)との関係をめぐって様々な考え方が存する上、相手方当事者に吟味・弾劾の機会を与えない証拠により裁判をする手続を認めることは、行政(民事)訴訟制度の基本にかかわるところでもある。(中略)そこで、本要綱案では、インカメラ審理の問題について取り上げな」いこととし、「今後、上記の法律問題を念頭に置きつつ、かつ、情報公開法施行後の関係訴訟の実情等に照らし、専門的な観点からの検討が望まれる」(前掲・詳解情報公開法511ページ以下)として、インカメラ審理について、情報公開法に規定を設けることは見送ったのである(前掲・対話で学ぶ行政法・131ページ)。
 このようなことから、情報公開法は「情報公開訴訟においてインカメラ審理が行われることは想定していない」(宇賀克也「新・情報公開法の逐条解説)〔第2版〕137ページ)と解され、また、「情報公開訴訟にインカメラ審理を導入するためには、憲法第82条に抵触しないとの理論構成を確立しなければならないし、あるいは、憲法第82条に抵触しないような形での導入を図るように工夫をしなければならない」と解されるのである(畠基晃「情報公開法の解説と国会論議」162ないし164ページ、北沢義博ら「情報公開法解説」151ページ)。
(2) 民訴法と情報公開訴訟におけるインカメラ審理との関係
 このように、情報公開法が情報公開訴訟においてインカメラ審理が行われることを想定していないこと、つまり、裁判の公開を基本とする我が国の法秩序は、特段の立法的手当てがされない限り、当然にインカメラ審理を許容するものではなく、情報公開法もそれを前提としてインカメラ審理に関する規定を置かなかったものであるから、行政事件訴訟法7条で準用される民訴法においても、情報公開訴訟においてインカメラ審理が行われることは想定していないと解すべきである。インカメラ審理を行うこととした場合、その実施に不可欠な民訴法223条6項後段のような秘密保護の規定がないし、また、同法87条1項、149条4項等に抵触する疑いも払拭できない。
 現在、民訴法223条6項のほか、特許法105条2項(乗用新案30条、意匠法41条、商標法39条がこれを準用している。)、著作権法114条の3第2項及び不正競争防止法6条2項がインカメラ審理を採用しているが、これらの各規定におけるインカメラ審理は、いずれも.文書提出義務の有無を判断するためのインカメラ審理、つまり、証拠として採用するか否かの判断の前提とするものであり、証拠調べそのものを非公開で行うものではないことに留意する必要がある(そのため、上記のような形でのインカメラ審理の採用は、憲法82条の裁判の公開原則との抵触の問題は生じないと考えられた〔法務省民事局参事官室編・一間一答新民事訴訟法266ページ〕。)。
 ところが、情報公開訴訟におけるインカメラ審理は、民訴法223条6項のような文書提出義務の有無を判断するためのものではなく、正に証拠調べ方法そのものであるから、憲法82条の裁判の公開原則が正面から問題となり、民訴法等において採用されているインカメラ審理とは性質を異にする。
 このように、そもそも、民訴法は、情報公開訴訟において非開示対象とされた文書そのものを非公開審査の方法により、証拠として取り調べることを許容していないのである。
(3) 本件検証申出について
 以上を前提とするならば、本件検証申出は、原告の関与を排して非開示対象となっている文書を見分(審査)して、本件各不開示文書に法5条1号、3号、6号所定の非開示事由の記載があるか否かを認定しようとするもので、正に、情報公開法の立法段階において導入が見送られた証拠調べとしてのインカメラ審理にほかならない。
 そうだとすれば、このような証拠調べは情報公開法及び民訴法が許容するものではないから、本件検証申出が不適法であることは明らかである。
(4) 予想される原告の主張についての反論
 原告により、@本件においては、非公開審理により手続上の不利益を受ける可能性がある原告が、手続関与をしない旨を表明しているから、非公開審理を実施しても何らの問題も存せず、また、A検証申出のような文書の外形的な形状の調査をするだけで、非開示事由そのものの判断には至らない程度の証拠調べは、通常の民訴法所定の証拠調べ手続による実施が禁じられることはない、といった反論がされることも予想されるが、以下に述べるとおり、これらはいずれも理由がない。
 上記@の証拠調べの立会権放棄については、そもそも、相手方当事者に吟味・弾劾の機会を与えない証拠により裁判をする手続を認めることは、行政訴訟制度、民事訴訟制度の基本にかかわるところであり(前掲・詳解情報公開法511ページ以下)、民訴法所定の既存の証拠調べ手続の枠を超えたところの問題である。そして、前述したとおり、民訴法は、情報公開訴訟において非開示対象とされた文書そのものを非公開審査の方法により、証拠として取り調べることを想定していないのであり、立法的措置がされない限り、これを民訴法上も許容することはできないのである。つまり、民訴法が用意している証拠調べのメニューの中には、このようなインカメラ審理は制度として用意されていないのであるから、原告が検証手続に立ち会わないことなどを自発的に了承し、証拠調べの立会権を放棄したとしても、そのような制度自体が想定されていない以上、無意味としかいいようがない。
 なお、原告の立論によれば、法が当然に当事者に認めた権利を当事者が当然に行使した場合には検証が行えず、放棄すれば検証が行えるということになるが、これは議論の立て方としては誠に不合理としかいいようがなく、結局のところ、このような不合理な事態が生じるのは、原告が求めている手続が、その法的根拠を欠いていることの証左にほかならない。
 上記Aについては、まず、本件検証申出の趣旨からすれば、本件検証申出は文書の外形的な形状の調査をするだけで、非開示事由そのものの判断には至らないものとはいえないから、上記Aは、本件検証申出にあてはまる論ではない。また、以下に述べるとおり、そもそも、検証の態様や立証趣旨の立て方によって、民訴法上許容されるインカメラ審理があり得るわけではない。
(ア)  まず、前述したように、インカメラ審理の導入については議論の結果情報公開法にその規定を設けることは見送られたのであるが、そこでの議論の前提とされたインカメラ審理とは「相手方当事者にもその内容を知らせない非公開審理の手続」(前述の「情報公開法要綱案の考え方」八(2)イ.前掲・詳解情報公開法511ページ参照)であり、その審査の種類、態様や各不開示事由の判断そのものを判断するものかどうかなどといった限定は全く加えられていない、つまり、情報公開訴訟において、非開示とされた文書を裁判官だけが見分して、その内容を相手方当事者に知らせない非公開審理一般が、情報公開法において導入が見送られるに至ったインカメラ審理なのである。
 したがって、検証の態様や立証趣旨の立て方によっては許容されるインカメラ審理なるものは想定し得ない。
(イ)  加えて、もし、原告が求めているような手続を検証として実施できるとすれば、情報公開法がインカメラ審理の採用を見送った経緯・趣旨にも適合せず、極めて不合理である。すなわち、
a.  前述のとおり、情報公開法の制定過程では、インカメラ審理の採否が検討されたものの、最終的にはその導入は見送られたのであるが、その導入の可否についての議論の際、従前の情報公開条例に基づく情報公開訴訟等では、インカメラ審理のような非公開審理手続なしに、立証上の種々の工夫をすること、つまり、間接事実を積み上げることにより除外事由該当性を推認する審理方法(以下「推認型の認定」という。)が現に行われているとの指摘があり、かかる指摘も考慮事項の一つとなって、情報公開法におけるインカメラ審理の導入が見送られる結果となった(前掲・詳解情報公開法512ページ、前掲・新情報公開法の逐条解説137ページ)。
b.  もし、非公開審理が可能であれば、そもそも、情報公開訴訟において、より直観的・効果的な審理方法であるインカメラ審理それ自体が導入されてしかるべきであろうが、前述のとおり、情報公開法においては、インカメラ審理は明確に導入が見送られている。
 結局のところ、本件検証申出は、インカメラ審理を前提としない推認型の認定の当否を確認するためにインカメラ審理せよというに等しく、本末転倒な論に陥っているといわざるを得ない。
4 小 括
 以上に述べたとおり、そもそも、本件検証申出は、検証の名を借りた「書証」の申出であり、ひいては、情報公開法及び民訴法で許容されていない、いわゆる「インカメラ審理」を求めるものというほかなく、不適法であることは明らかである。
第3 結 論
 以上に述べたとおり、本件検証申出は不適法であることが明らかであるから、速やかに却下されるべきである。