平成13年(行ウ)第150号 行政文書不開示処分取消請求事件
原 告  特定非営利活動法人 情報公開市民センター
被 告  外務大臣 川 口 順 子

意  見  書

平成16年 9月 1日

東京地方裁判所民事第2部 A2係り 御中
原告訴訟代理人
弁護士 高 橋 利 明
ほか7 名
1.被告の主張要旨と論拠の希薄性
(1) 被告は、「意見書」(平成16年7月7日付け)において、インカメラ審理について、情報公開法にインカメラ審査の規定が設けられなかった事実を指摘した上、宇賀克也教授の著作を引いて「情報公開訴訟においてインカメラ審理が行われることは想定していない」とし(6頁)、さらに、インカメラ審理は裁判の公開を保障する憲法82条にも抵触するかのような主張を展開している(6頁)。そしてまた、民事訴訟法は、文書提出義務の有無を判断するためのインカメラ審理は認めている(民訴法223条6項)が、「情報公開訴訟において非開示対象とされた文書そのものを非公開審査の方法により、証拠として取り調べることを許容していないのである」としているところである(7頁)。
(2) 情報公開訴訟においてインカメラ審理は認められていないとする被告の主張の論旨は、上記のようなものであると理解されるが、被告の主張自体からしても、インカメラ審理が憲法82条に抵触するとの主張を明確に含むものとは認められない。そして、被告は、民事訴訟法との関係においては、インカメラ審理を「許容していない」とするが、要するに、インカメラ審理を認める明示の規定が存在しないという趣旨に過ぎないものであって、極めて論拠の薄弱な主張ということができる。
(3)被告が引用する行政改革委員会の「情報公開法要綱案の考え方」は、「情報公開訴訟手続において、インカメラ審理、すなわち、相手方当事者にもその内容を知らせない非公開審理の手続きを設けることについては、適正・迅速な訴訟の実現のため、その有効性や必要性が指摘されている。裁判官が問題となっている行政文書を実際に見分しないで審理しても、訴訟当事者の納得を得難いのではないかと考えられるほか、機微な情報が問題となっている場合には、その具体的な内容に立ち入らずに、公開の法廷において、処分の適法性を十分に主張・立証することの困難も予想されるところである」と、導入の必要性を認めているところである。そして、引き続く記述においても、「今後、上記の法律問題を念頭に置きつつ、かつ、情報公開法施行後の関係訴訟の実情に照らし、専門的な観点からの検討が望まれる」としたのであって、インカメラ審理の導入は憲法の禁ずるところであるなどとはしていないのである。
(4) そして、被告がインカメラ審理は憲法82条の規定に違反するかのごとき主張を展開する際の論拠として引用する畑基晃氏の著述(「情報公開法の解説と国会論議」)も、「情報公開訴訟にインカメラ審理を導入するためには、憲法82条に抵触しないとの理論構成を確立しなければならないし、あるいは、憲法82条に抵触しないような形での導入を図るように工夫をしなければならない」としているのであって、これも「インカメラ審理の導入は憲法82条に違反する」、と言っているわけではないのである。
 むしろ、今日、学説においては、インカメラ審理を許容し、支持する立場の方が優勢であり、正当と見える。そして、「合憲」の理論構成は、すでに厚く構築されているのである。
2.学説は「インカメラ審理」を合憲としている
(1) 情報公開訴訟において、インカメラ審理は認められているとする学説は多く存在している。
 松井茂記教授は、「インカメラ審理は、情報公開の実効性を確保するためにはなくてはならないものである」としている(「情報公開法」372頁)。そして、常本照樹教授も「不開示文書の部分的開示を実効性あるものとし、いざというときには『現物』を審査するという『威嚇』を通じて政府の供述の誠実性を担保する手段としてインカメラ審理制度が存在することの意義は否定できない」としている(ジユリスト1107号「情報公開法と司法審査」60頁)。
(2) そして、常本教授は、「それでは、この制度をわが国に導入することは可能であろうか。何よりもまず、その合憲性が検討されなくてはならない」(同60頁)とし、憲法82条2項が「裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないで行ふことができる」と規定することを論拠として、情報公開訴訟においてインカメラ審理を認める5つの学説があることを紹介している。常本教授自身は、「公の秩序」を拡張的に解釈することにより、公開しないことが公共の利益を促進する場合を広く含めるべきであるとする第二説を妥当とするとの考えを示している(同61頁)。そして、常本教授の分類によれば、松井教授の考え方は憲法33条の「裁判を受ける権利」に根拠を求めるものであって、第四説とされている。
(3) インカメラ審理は民事訴訟法では許容されていないとする被告の主張でも、インカメラ審理の導入は憲法82条に違反するものであるとまで主張するものではないこと、前に見たとおりである。インカメラ審理に「憲法違反」の障壁は存在しないのである。むしろ、学説の大勢からすれば、その導入は支持されているといってよいのである。
3.司法権に基づいて「インカメラ審査」は十分に可能である
 被告は、民事訴訟法に「インカメラ審理」を積極的に認める規定が無いことを理由にインカメラ審査は「許容されない」としているが、これは憲法に定める司法権についての理解が不十分なことからくる誤った解釈といわなければならない。
 松井教授は、「情報公開法にも、あるいはその点でいうなら行政事件訴訟法にも民事訴訟法にも、インカメラ審理の権限が明記されていない点はどう考えればよいのであろうか」という問題を挙げているが、これに次のような回答を示している。
 すなわち、「実は、これは別に何ら問題ではない。本来裁判所は憲法第76条で付与された『司法権』に付随して当然インカメラ審査を行なうことができるので、明文の規定がないことは裁判所がインカメラ審査を行うことを何ら妨げるものではない。実際、アメリカでも、情報公開法はインカメラ審査を明記しているが、これはそれまで裁判所が行ってきたインカメラ審査を法律上明記してその活用を図るために明記されたものにすぎない。情報公開法の中に明記されることが(それを積極的に活用させるために)望ましかったが、なくても裁判所は憲法上の権限により当然インカメラ審査を行いうるというべきである。それゆえ情報公開法が、裁判所のインカメラ審理を想定しているかどうかは何ら関係ない。これは憲法上の裁判所の権限であり、立法者がそれを想定しているかどうかとは無関係である」(同377頁)としているところである。
 原告は、松井教授の考え方を全面的に支持し、援用するものである。