平成13年(行ウ)第150号 行政文書不開示処分取消請求事件
原告 特定非営利活動法人情報公開市民センター

被告 外務大臣

準 備 書 面(13)
平成16年10月25日
東京地方裁判所民事2部A2係 御中

被告指定代埋人
間   史 恵
友 利 英 昭
吉 田 尚 弘
山 本 美 雪
高 林 正 浩
上 月 豊 久
相 沢 英 明
西 海 茂 洋
佐 野 豪 俊
岡 島 洋 之
片 山 太 一

 被告は本準備書面において、原告の平成16年9月1日付け意見書(以下「原告意見書」という。)に対して、以下のとおり反論する。
 なお、略語については従前の例による。
1 はじめに
 被告は、原告の平成16年6月30日付け検証申出書に対して、既に、同年7月7日付け意見書(以下「被告意見書」という。)において、原告の検証の申出が、その実質において、検証に名を借りた書証の申出であり、しかも、現行情報公開法及び民訴法がいずれも認めていないいわゆるインカメラ審理を求めるものにほかならず、不適法である旨意見を述べた。
 これに対し、原告は、原告意見書において、インカメラ審理の合憲性についてるる主張した上、現行情報公開法及び民訴法のいずれにもインカメラ審理に関する明示の規定がなくとも、裁判所は司法権(憲法76条)に付随して当然にインカメラ審理を行うことができる旨主張をしている(原告意見書4ページ)。
 そこで、被告は、インカメラ審理に関する原告の主張が失当であることについて、改めて意見を述べる。
2 インカメラ審理が司法権から当然に導かれないこと
(1)インカメラ審理が当然に認められるとはいえないこと
 原告はインカメラ審理が憲法82条に反しない旨をるる主張し(意見書1ないし4ページ)、最後に、松井教授の見解を引用して、裁判所は憲法76条の「司法権」に付随してインカメラ審理を行うことができ、明文の規定は要しない旨述べている(原告意見書4ページ)。
 しかし、平成16年7月7日付けの被告意見書においても述べたとおり、インカメラ審理が憲法82条に反するか否かについては様々な見解があるのであって(長谷部恭男&宇賀克也「情報公開・個人情報保護」対話で学ぶ行政法130ないし135ページ参照)、インカメラ審理が当然に合憲であるとの理解が一般化されているわけではない。原告が論拠として、その見解を引用する松井教授は、最近の学説は情報公開訴訟におけるインカメラ審理が憲法82条に違反しないとする点でほぼ一致しているなどと述べるが(松井茂記「情報公開法」376ページ)、これは現在の学説の状況に対する把握としても妥当でない。
 また、仮にインカメラ審理が合憲であるとしても、そのことから直ちに、インカメラ審理について明文の規定がない現行法のもとでも、インカメラ審理が可能となるわけではない。インカメラ審理の導入は憲法上不可能ではないとする論者ですら、インカメラ手続についての立法化は不可欠であろうとしている(笹田栄司「イン・カメラ手続の憲法的定礎」情報社会の公法学)516ページ参照。なお、原告が引用する常本数授も、インカメラ審理の導入にあたっては立法化することを前提としているようである〔常本照樹「情報公開法と司法審査」ジユリスト1107号61ページ参照〕。)。
 一口にインカメラ審理といっても、様々なニュアンスの異なる見解があるのであって、原告が求めるように「検証」としてのインカメラ審理を主張する立場もあれば、民訴法上の証拠調べとは別個のものとしてのインカメラ審理を主張するものもあるし、後記ウに記載したようなインカメラ審理の問題点にかんがみて、いかなる場合にインカメラ審理を認めるか、また、当事者の手続保障についてはどのように配慮するかなどについても様々に論じられており(小林秀之「証拠収集手続の拡充と新民訴原理」判例タイムズ1083号52ページ、前掲・笹田515、516ページ、前掲・常本61、62ページ参照)、「司法権」から直ちに一定のインカメラ審理の手続が導き出されるわけではない。それだからこそ、情報公開法の制定時に、法律によってインカメラ審理を明文化することが検討されたのであって、憲法の規定から直接インカメラ審理を実施しうる旨の原告の主張は、情報公開法の立法過程の義論をも無視するものであって、到底採用することはできない。
 さらに、民訴法の規定についてみると、インカメラ審理は、民訴法223条4項で規定されているが、ここでは、同法220条4号イないしハの除外事由に該当するか否かの判断に必要と認める場合に補充的に認められているにとどまっている。そして、民訴法上、上記のように証拠として採用するか否かの前提としてするもの以外にインカメラ審理を行うことは許されていない(なお、民訴法以外に、特許法等でもインカメラ審理を採用しているが、これらも証拠の採否の前提としてするものであることは被告意見書7ページにおいて記載したとおりである。)。
 インカメラ審理がこのように補充的に、しかも限定的に導入されたにとどまるのは、インカメラ審理が当事者の手続保障の面や裁判官の事実上の心証形成の危険等の問題点を含んでおり、対審審理や公開審理の原則からはあまり拡大適用すべきではないとの考え方によるものと解される(「新民事訴訟法U」弘文堂80ページ以下等)。民訴法223条4項の手続は、証拠調べの申出としてされた文書提出命令の申立てについての決定手続において、その採否を判断するために行われるものであり、証拠調べそのものを非公開で行うものではなく、決定手続は公開の口頭弁論を経る必要はないから(民訴法87条1項ただし書)、憲法第82条の公開原則との抵触の問題は生じないと考えられたのであって、この手続は「証拠調べ」ではないことが、制度導入の前提となっているのである(法務省民事局参事官室編「一問一答新民事訴訟法266ページ参照。)。
 明文をもって規定されており、憲法82条との抵触の問題は生じないとされる文書提出命令の際のインカメラ審理でさえ、このように限定的・補充的な運用が求められているのである。まして、本件で原告が求めているのは、インカメラ審理を通じて不開示事由該当性を判断することであり、正に判断の対象となる事実についての証拠調べを迫るものである。
 また、原告が論拠として、その見解を引用している松井教授は、「ほとんどの場合、裁判官は、・・・直接文書を見て判断しているように思われる。」として、あたかもアメリカではインカメラ審理が頻繁に行われているように理解した上で、「それゆえ、インカメラ審理の問題点としていわれているものは、それほど重大ではない」とされているようである(前掲・松井372ページ)。
 しかし、インカメラ審理が明文で認められているアメリカにおいても、インカメラ審理を行うのは例外であり、問題が他の手段で解決できないときに裁判官の裁量によって用いられているにすぎないとされており(宇賀克也「アメリカの情報公開」147ページ、常本照樹「情報公開法と司法審査」ジュリスト1107号59ページ参照。インカメラ手続きを実際に行うのは全事件の5%程度であるとする文献もある〔前掲・小林57ページ参照〕。)、インカメラ審理が原則的に行われているとの理解、ひいてはそれを根拠としてインカメラ審理の問題点とされているものはさほど重大ではないなどと結論づけることには疑問がある。
 このように、明文の規定もないのに憲法76条の「司法権」から当然にインカメラ審理が認められるという見解は、現行法下において到底採用されるべきものではない。
(2)民訴法のその他の規定との抵触があること
 非公開審理における証拠調べとしてのインカメラ審理を行うとなると、民訴法のその他の規定との関係でも問題を生じる。
(ア)  例えば、インカメラ審理を認めた場合、それに付随して、訴訟記録の閲覧謄写により、不可避的に不開示情報が開示されてしまうという問題が生じる。
 すなわち、原告が主張する「検証」を実施した場合、検証調書が作成され、それが訴訟記録の一部になるはずであるが、そうなると、原則として何人も閲覧することができることになる上(行訴法7条、民訴法91条1項)、仮に、民訴法92条2項に該当するとしても、当事者及び利害関係を疎明した第三者は閲覧を請求することができる。このように、「検証」として、本件開示対象文書の証拠調べがなされた場合、少なくとも、原告及び利害関係を疎明した第三者が検証調書を閲覧することを禁止する規定は民訴法にはない。そうなれば、情報公開法に基づく不開示決定にもかかわらず、不開示情報が原告に明らかとなってしまうことは明らかである。原告は、民訴法に規定がなくとも当事者等の閲覧が禁止されるなどと主張するかもしれないが、そのような解釈には法的な根拠はない。そうすると、不開示情報が原告に明らかになることを避けるには、検証調書において、当該検証対象となった文書の記載内容については一切触れないこととするしかないが、それでは原審が判断の資料としたものが訴訟記録から除外さるに等しく、当事者も上級審も、原審の判断の根拠(の一部)を知り得ないこととなってしまう。
(イ)  また、公開審理の原則の下、口頭弁論の公開の規定に違反したことは絶対的上告事由とされている(民訴法312条2項5号)。非公開審理における証拠調べとしてのインカメラ審理を行うとなると、上記規定に触れることになる(前掲・笹田517ページ参照)
 上記の諸点にかんがみても、原告主張の「検証」が許されないことは明らかである。
3 結論
 以上のとおり、明文の規定のない現行法の下では、インカメラ審理が認められる余地はなく、よって、原告の検証の申出は、速やかに却下されるべきである。