平成18年(行コ)第99号 行政文書不開示処分取消請求控訴事件
控訴人  外務大臣
被控訴人 特定非営利活動法人 情報公開市民センター

答  弁  書

2006年6月6日

東京高等裁判所民事第10部 御中

被控訴人訴訟代理人弁護士 高  橋   利  明
羽  倉 佐 知 子
土  橋      実
清  水      勉
佃      克  彦
関  口   正  人
増  田   利  昭
谷  合   周  三

第1 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
との判決を求める。

第2 控訴理由に対する答弁
1 本件控訴の申立ては、すべて理由がない。本答弁書においては、控訴理由書の「第2」の主張に対して概括的な反論を行う。被控訴人は、追って、控訴理由書「第2」の部分への反論の補充を含め、控訴理由書の他の論旨についても反論を行う。
2 控訴理由書の主旨は、要するに、報償費は「公にしないことを前提とした外交活動」の経費だけに使用してきたものであるから、その使途情報は情報公開法5条3号等の不開示情報に該当する、というものである。
しかし、「公にしないことを前提とした外交活動」という主張や用語自体、原審の途中で突然、被告(控訴人)が、滑り込ませるようにして主張しだしたものである。概念の定義もなく、実態もないもので、それ以前に、外務省では、そうした区分で自省の外交活動等を整理、把握したこともないものである。本件の訴訟対策としてねつ造した区分と言ってはばかりはないものである。
3 そして、今回も主張の新しい転換が見られる。控訴人は、これまで、報償費からの「五類型」の支出についても正当性を主張してきたが、今回は、それは誤りであると言い出した。「五類型」は切り捨てて、その他の支出については「公にしないことを前提にする外交活動」の経費であると、またまた舵を切り替えたのである。控訴人の主張は、変化自在に変わるのである。
被控訴人は、追って、控訴理由書の各論に対して反論書を提出する。

第3 控訴人の控訴理由の構成と要旨
1 控訴人は、控訴理由書「第2」において、「外務省報償費は、公にしないことを前提にした機密性の高い外交事務に支出されるものである」(控訴理由書6頁)と主張し、「公にしないことを前提にする外交活動」の経費については、他の費目の予算を使用することができないなどと主張している。
2 「第3」においては、同理由書に添付された報償費の支出決裁文書等のサンプルをもとにして、五類型以外の文書には、「公にしないことを前提にする外交活動」の経費に関する情報が記録されていることを主張し、その故に開示できない、と主張している。「第4」では、五類型文書に関する原判決の開示命令に対する不服を述べているところである。

第4 被控訴人の概括的な反論
1 「外務省報償費は、公にしないことを前提にした機密性の高い外交事務に支出されるものである」(控訴理由書6頁)との主張に対する反論
(1)控訴人は、「外務省報償費は、公にしないことを前提とした機密性の高い外交事務に支出されるものである」(控訴理由書6頁)とする一方、「外交事務のうち、『公にしないことを前提とした外交活動』には報償費を使うほかなく、」(同8頁)とか、「情報収集のための活動の費用は、報償費から支出するほかない」(同9頁)などと主張している。控訴人のこうした主張の中においても、「公にしないことを前提にした外交活動」についての定義も主張されていないし、また、「公にしないことを前提にした外交活動」の経費を報償費から支弁することについて、法令的な根拠や内規などの根拠規定などの主張もなされていない、そうした主張となっている。
(2)以上、概観したところからも明らかなように、控訴人自身が、「『公にしないことを前提にした外交活動』には、報償費を使うほかない」ということは、外務省においては、「公にしないことを前提にした外交活動」に対しての経費の支弁方法が制度として決められていないということを示している。だから、「公にしないことを前提にした外交活動」を行なう必要が生じたときは、「報償費を使うほかない」ということになるのであろう。
(3)外務省の活動の中で、「公にしないことを前提にした外交活動」がある程度の比重を占めて継続的に存在している場合には、当然、制度的に予算措置がとられているはずであるが、外務省においては、これまでずっと、「公にしないことを前提にした外交活動」に対して、それに対応する特定の費目が用意されていなかったことを示している。このことは、「公にしないことを前提にした外交活動」の経費と、報償費とは、対応関係がないということである。
(4)このことは、「報償費」の定義とも合致する。「報償費」の定義は、一審以来、「国が、国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため、当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費」とされている(原審における被告の平成14年10月31日付け「釈明書」。控訴理由書8頁)。
(5)そして、控訴人の一審の前記「釈明書」では、「報償費」は、前記の定義に反した使用をしなければ「何らその目的を限定することなく使用することが可能である。」としており、さらに、被告第6準備書面においては、次のようにも主張していた。即ち、「報償費の支出については、その都度、情報収集等の事務等といった報償費の使用として適切な目的といえるか、事前の積算になじまないという意味において、機動的に使用されているかの観点から判断が適当と考えられ、一定の使用形態であれば、必ず報償費から支出されるとか、一定の使用形態であれば、全く報償費から支出してはならないというわけではない。」と云っていたのである(原審被告第6準備書面36頁)。
(6)こうした経過に照らせば、「公にしないことを前提にした外交活動」の経費と「報償費」の関係は、「公にしないことを前提にした外交活動」を行なう場合、「報償費」を使用しても良い、という関係に止まるものである。
(7)報償費のこれまでの使い方の一端を点検すれば、このことが明白になる。たとえば、在外公館が外遊中の国会議員に対して車両の用立てを行う費用などは、報償費の支出が許されることになる。臨機の対応が必要であり、使途は限定されず、外務省の事務遂行のための適正な経費の範囲内であれば、報償費を使用することに、内部的には問題はないのであるから、車の借り上げ代を報償費から支出することには問題がないことになる。事実、こうした用途に報償費を充てていたのである。そして、国会議員に対する車両の用立てに問題がなければ、在外公館で飲食を伴う接待をした場合に、これを報償費で賄っても問題はないはずである。在外公館は、長い間、こうした使用も行っていたはずである。
(8)「公にしないことを前提にした外交活動」というのは、定義もされていないし、実態もない。それ故、これを支える財政上の手当もない。「外務省報償費は、公にしないことを前提にした機密性の高い外交事務に支出されるものである」との主張は、これまでの外務省の報償費の使用実態とも異なるし、報償費の公式の定義とも異なるものである。
(9)控訴人が、報償費の使途と、概念としてすら確立していない「公にしないことを前提にした外交活動の経費」とを等号で結び付けようと画策しだしたのは、原審の被告第8準備書面になってからである。被告ないし外務省は、訴訟を有利に進めようとの意図の下に、報償費の使用実態に反する主張を展開してきたのである。原判決が、こうした被告・控訴人の不誠実でいい加減な主張や訴訟対応を厳しく指摘していることについては、改めて指摘しないが、ともかく、報償費が「公にしないことを前提にした外交活動」の経費だけに使われてきたという事実は存在しない。こうした虚偽の事実を基礎にして、報償費の使途情報の開示、不開示の処分が決められてはならないことは言うまでもないことである。

2 「公にしないことを前提にした外交活動を行なう場合には、「報償費」以外の費目を使用することができない」との主張に対する反論
(1)控訴人は、「外交事務のうち、『公にしないことを前提とした外交活動』には報償費を使うほかなく、」(同8頁)と主張する一方、他の費目からは、「公にしないことを前提にした外交活動」の経費を支出することができない、と主張している。
即ち、控訴人は、「庁費のうちの会議費で支払おうとするならば、あらかじめ計画を策定し、個別の使途内容を明らかにした上で積算する必要があるが、そのようなことをしていては、上記の目的を達することはできないことは明らかである」(10頁)とか、「庁費のうちの会議費で支払う場合、支出負担行為をするに当たって積算の基礎等を表す書類を整える必要があり、支出の原因となった外交活動の保秘性を維持できない可能性がある。」(10頁)と、主張する。そして、他の費目を使用しようとしても、同様な問題が起こるとしている。
(2)この主張の前者は、「公にしないことを前提にした外交活動」に求められる機動性の要請を満たせないという主張であり、後者は保秘性を維持できないという主張である。要するに、「機動性」の要請については、他の費目を使用するとすれば、@計画の策定やA積算の手続きが必要であり、臨機応変の対応を迫られている「公にしないことを前提にした外交活動」の目的を達成することができないということ。そして、「保秘性」の要請については、支出負担行為をするに当たって積算の基礎等を表す書類を整える必要があり、支出の原因となった外交活動の保秘性を維持できない可能性がある、というのである。
(3)いずれも、現実の支出決裁に即した反論とはなっていないばかりか、むしろ、実務の実態に反した主張である。
まず、機動性の要請に沿わないとの主張について。
これまでに明らかになっており、かつ報償費と同じような役割を果たしている在外公館における交際費や交流諸費(会合の飲食費など)の支出決裁手続と五類型(報償費)に見られる支出決裁手続とを対照してみても、必要とされる書類や手続に何の変わりもなく、手順も同じである(この点では、控訴理由書添付のサンプルも同様である)。報償費の支出決裁には機動性や臨機応変が求められるとしても、119番や110番の緊急電話で出動するのとは状況は同じではないはずである。在外公館交際費や交流諸費の支出決裁でも、会議等の開催日の2〜3日前に決裁されていることが多い。「公にしないことを前提にした外交活動」のための支出を行なうに付いて、臨機応変の処理ができるか否かという点で、他の費目の使用ができない理由が、およそ存在するとは考えがたい。
(4)ついで、保秘性の要請について。
控訴人が提出した6件のサンプルの支出決裁文書を点検すると、この支出手続は、報償費も「交際費」も「交流諸費」も、まったく同じである。これらの支出負担行為をするに当たって整える必要がある書類は、日本画の購入のように契約書等が存在するものは別にして、会合の経費即ちレストラン等における飲食費の支出に関しては、変わるところがない。控訴人は、「あらかじめ策定する計画」とか、「積算」などと大仰な主張をしているが、レストランで会食をするのに特別な見積書を準備するわけのものではない。報償費の支出なら保秘性が維持できるが、他の費目ではそれが維持できないという特別な理由は見出せない。「五類型」でも手続は同様である。
(5)そして、報償費も他の費目の支出手続も、いずれも庁内で行われるものである。支出決裁手続の段階で、これが外部に漏れる可能性において、報償費と他の費目とで漏れやすさが違うというのであろうか。控訴人は何の説明もしていない。いずれにせよ、会合のための飲食の支出などは、どの費目から出しても作業や手続は変わらないのであり、支出決裁に支障が生ずるはずもないのである。控訴人は、ただ思いつきを並べているだけなのである。

3 「報償費の使途は、すべて公にしないことを前提とした外交活動や外交情報収集活動に使われている」との主張に対する反論
(1)控訴人は、「『公にしないことを前提とした外交活動』には、報償費を使うほかなく、報償費はそれ以外の目的で使用されることがない」と主張している(控訴理由書8頁)。控訴人のこの主張は事実に反している。
報償費は、控訴人の言うところの、「公にしないことを前提とした外交活動や外交情報収集活動」の経費として使われている部分があるであろうが、その他の活動、とりわけ在外公館での国会議員への便宜供与、特に飲食の提供を伴った便宜供与費に用いられていることが明らかである。概説すれば、以下の通りである。
(2)被控訴人は、平成13年10月24日ほか数次にわたって、外務省に5つの在外公館における「飲食供応便宜供与の支出証拠」の情報公開請求を行った。これに対して、外務大臣は、交際費、交流諸費、報償費の3つに費目を特定して開示決定等を行った(平成15年11月14日。他にも部分開示の決定があったが、大略を述べるものである)。交際費と交流諸費の2つの費目に関しては、部分開示をなしてきた。交際費や交流諸費を使用して、在外公館の各級書記官や大使、公使が参加・出席して、どのような会議・会合が行われ、どこへ、いくらの支出がなされたかの事実が分かる情報開示がなされていた。一方、「報償費」については、全面不開示であった。
(3)このことがどういう意味を持つかを簡略に述べる。被控訴人は、5つの在外公館における「飲食供応便宜供与の支出証拠」という請求を行ったのであるが、外務省は、「飲食供応便宜供与」のために支出された「報償費」の存在自体はあるものとして、これを不開示としてきたのである。同じ「飲食供応便宜供与の支出証拠」でも、「交際費」と「交流諸費」については、前述の通り、ほとんどの情報を開示してきた。しかし、「報償費」については全面不開示としてきた。このことは、被控訴人が請求した5つの在外公館(米、英、仏、中、比)では、平成11年1月から平成12年3月までの間に、報償費の中から一定件数の「飲食供応便宜供与」の支出がなされていることを推認させるものである。
(4)ところで、被控訴人の請求文書は「飲食供応便宜供与」である。「便宜供与」というのであるから、この支出は、在外公館の外交工作や任国での情報収集活動のための支出ではないことは明かで、在外公館へ立ち寄った邦人のために便宜を払ったための支出であることが確実である。この事実だけからしても、報償費が「公にしないことを前提にした外交活動」の経費だけに使われているのではないことは明らかである。
(5)被控訴人は、報償費の可成りの部分が、この「飲食供応便宜供与」費用に使用されていると考えている。これについて、若干述べる。
 外務省が毎年作成して公表していた統計表の一種である「平成11年便宜供与件数統計表」によれば、平成11年(暦年)に在外公館で提供された便宜供与の総件数は3万3229件で、うち食事の供与回数は1万4303件であった。被控訴人は、外務省から開示を受けた資料に基づいて、アメリカ、イギリス、フランス、中国、フィリピンの5カ国について、「交際費」と「交流諸費」の支出事例で、国会議員への飲食の提供があったかどうかを点検したが、入手した資料には、国会議員への飲食の提供は1件も見当たらなかった。
(6)こうして見ると、国会議員への飲食の提供は、まだ開示のない報償費から支出されていると考えざるを得ない。被控訴人は、在外公館が、立ち寄った日本国の国会議員諸氏に常識的な酒食の提供を行うことは許されないことだとは思わないが、外務省はこの事実を決して認めようとしないのである。そして、もしこの事実が確認できることになれば、「報償費」を「公にしないことを前提にした外交活動」の経費だけに使用しているという外務省の嘘が、また暴かれるということになるのである。
(7)そして、報償費が国会議員の便宜供与費として使用されていることを推測させる事実は、この他にも存在する。これについて簡潔に述べる。
被控訴人は、平成14年当時から、アメリカ大使館ほかが所持している「国会議員便宜供与ファイル」という文書を数次にわたって公開請求してきた。この請求に対して、外務省は、平成14年12月12日付けで「在米大使館平成11年度国会議員便宜供与」ファイルを部分開示してきた。被控訴人はこの部分開示に異議の申立を行い、外務省は、平成16年4月に至ってようやく情報公開審査会に諮問を行ったが、平成17年8月25日、同審査会は、平成12年2月にアメリカ大使館を訪問したある国会議員に対して大使主催昼食会、公使主催昼食会等が開催された事実を指摘し、その関係事実が記載されている墨塗り部分の開示を答申した。この文書が答申通りに開示されれば、国会議員に対する飲食の伴った便宜供与開催の具体的な事実がはじめて明らかになる。しかし、外務省は、平成17年8月25日の答申から今日に至る約9ケ月を経ても、多忙を理由にして開示を拒んでいる。その国会議員に対する接待は、平成12年2月初旬に行われたものであるが、その設宴費用は、被控訴人が既に入手している同時期のアメリカ大使館の交際費での支出でも、またもとより、交流諸費での支出にも表れていない。被控訴人の理解では、報償費からの支出以外にはあり得ないところなのである。ほったらかし、無責任な答弁、時間は、外務省側の常套手段であるが、この開示を遅らせているのは、おそらく本件訴訟への影響を考えてのことであろうと理解される。

4 「五類型」の切離しは、外務省の厚顔無恥な自らの尻尾切りである
(1)控訴人は、今になって、「五類型に該当する経費については、本来報償費として支出されるべきものではなかったことから、外務省は、平成14年度以降、五類型に該当する経費については、五類型以外の費目から支出することにした」と主張する(25頁)。そして、「このように、五類型は、前記第2の2(1)の「公にしないことを前提にする外交活動」の経費ではなく、同(2)の「公にすることを前提にした外交活動」というべきであるから、本来報償費として支出すべきものではなかったものである。」と主張している。
(2)五類型の支出も、近年に始まったものではないことは、会計検査院の指摘からも推測できる。そうしたことを長く続けてきていたのに「本来報償費として支出すべきものではなかった」と転換したのである。この転換の理由は、「報償費は、公にしないことを前提にする外交活動の経費」だと主張するようになると、「五類型」まで報償費を使うことの正当性が維持できないことは誰が考えても分かることである。原審においても、この矛盾は明かとなっていた。そうであるのに、被告はまだ次のように言い張っていた。
(3)即ち、被告は、「『五類型』については、報償費による支出でも合目的ではある」とした上、「報償費の支出として処理されたいわゆる『五類型』についても、本来的には不開示とすべきであるが、定例化による機動性の要請の低下のため、各項目ごとに見た場合、開示をしても、事後的にみて、前述のような支障がないと判断されるに至り、開示が適当であると判断されたにすぎないのである。」としていたのである(被告第14準備書面55頁)。
(4)被告(控訴人)の第14準備書面は、原審における事実上の最終準備書面である。その時期においても、「五類型」について、なお、報償費による支出の正当性を主張し続けていたのである。それが一審判決を経た今日、何の謝罪すらなく、「五類型」の報償費からの支出は誤りであったと言い出した。「五類型」の支出の正当化までを抱え込むと外務省の本丸が沈没するという危機感から、「五類型」の切り離しを思い付いたのであろう。
 ことほど左様に、控訴人の対応はその場しのぎ、食言を意に介さず、不誠実きわまりないのが常態なのである。

以 上