平成13年(行ウ)第150号行政文書不開示処分取消求事件
原 告 特定非営利活動法人情報公開市民センター
被 告 外務大臣
 
 
準 備 書 面 (8)
 
平成15年9月1日
 東京地方裁判所民事2部A2係 御中
 
被告指定代理人   間   史   恵
 
箕 浦 裕 幸
 
吉 田 尚 弘
 
山 本 美 雪
 
高 林 正 浩
 
伊 原 純 一
 
相 沢 英 明
 
西 海 茂 洋
 
鈴 木 亮 太 郎
 
関 口 誠 二
 
目  次
 
第1 本準備書面の骨子
1 本件各行政文書
2 本件各行政文書に記録された情報の法5条3号,6号該当性
3 本準備書面の骨子
第2 公にしないことを前提とする外交活動の意義及ぴ特質
1 はじめに
2 外交事務の特質
3 公に行う外交活動の意義と特質
4 公にしないことを前提とした外交活動の意義と特質
5 小括
第3 情報牧集・外交工作を実施するための経費支出に対する要請
1 情報収集・外交工作を実施するための経費支出に要請されるもの
2 情報収集に関する予算の諸外国における取り扱い
3 外務省の報償費
第4 本件各行政文書に記録されている情報の法5条3号,6号該当性
1 法5条3号,6号該当性判断の合理性
2 部分開示し得ない理由
第5 結論
 
 
 
被告は,本準備書面において,本件各行政文書に記録された情報がいずれも法5条3号及び6号に該当することを主張する。
なお,略語については,従前の例による。
 
第1 本準備書面の骨子
1 本件各行政文書
(1) 本件各行政文書である「決裁書」の構成・様式等
ア 本件開示請求文書は,外務省大臣官房又は在外公館における「報償費」に関する「支出証拠・計算証明に関する計算書等一切」であり,外務省大臣官房で支出された部分については「支出がわかる書類」とされている。被告は,これらに該当する文書は,報償費の使用の意思決定過程で作成された「決裁書」であると特定したものである。
ここでいう「決裁書」とは,決裁言の本文(積算や契約内容等の詳細が別葉にわたる場合には当該別葉の記載も含む。)ばかりでなく,支払の必要が現実化した後に添付される書類(具体的には,支出を依頼する旨の紙面を付加したものや,請求書等の関連書類,領収書を書面に貼付したもの)をも含むものである。
実務上の取扱いにおいても,報償費に個別性があって,使用目的や方法によって関連書類も異なることから,報償費使用の事前・事後の意思決定手続における必要書類を一体として取り扱い,保管することとしており,「決裁書」に本文ばかりでなく添付書類を含むとするのは,このような実務上の取扱いに合致している。
イ 報償費の使用内容を詳述する必要が多いことから,外務本省では,「決裁書」の様式として,一般的に定められた書式(乙第5号証の2)によらないことが多く(被告準備書面(4)10,11べ一ジ),また,在外公館においても,特に書式が定めれているものではない(被告準備書面(4)13ページ)。ただし,報償費の適正さを取扱責任者が判断し得る記載であることが要求されており,具体的には,報償費の使用目的,報償費を使用する内容,役務提供者等の氏名,支出科目,金額などを記載している(被告準備書面(4)13ぺ一ジ)。
(2) 本件各行政文書の記載内容
本件各行政文書について,被告は,報償費の具体的な使用案件ごとに,当該報償費の使用の意思決定を行うために作成されたものであること,当該報償費を支払う役務提供者の氏名,支払金額,報償費に係る事務の目的,内容,支出年度,科目等の具体的な記載を伴う文書であることを説明した上で,被告準備書面(7)において可能な範囲で具体的に記載事項を特定した。
2 本件各行政文書に記録された情報の法5条3号,6号該当性
被告は,各案件ごとに,「決裁書」に記載されている当該報償費の使用が報償費の目的に沿ったものであり,かつ,「決裁書」に記録された,当該報償費を支払う役務提供者の氏名,支払金額,報償費に係る事務の目的,内容,支出,年度,科目等の報償費支出に関する具体的な情報が,すべて法5条3号,6号に定める不開示事由に該当すると判断して,不開示決定を行ったものである。
3 本準備書面の骨子
報償費とは,国が,国の事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため,当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費をいい,外務省においては,情報収集及び諸外国との外交交渉又は外交関係を有利に展開するために使用する経費として運用しているものである。
そこで,以下においては,外務省の報償費の理解に資するため,まず,公にしないことを前提とする外交活動の意義と特質を説明し(第2),次いで,情報収集・外交工作を実施するための経費支出こついては,機動性,個別性及び秘密保持の要請があることを説明した上で(第3),本件各行成文書に記録されている情報が法5条3号,6号に該当することを説明する(第4)。
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第2 公にしないことを前提とする外交活動の意義及び特質
1 はじめに
外交事務の現場においては,公に行う外交活動は,公にしないことを前提とする活動とあいまってその効果を挙げているのであって,これらの活動は,いずれも外交事務を進める上で重要な機能を果たしているのが実態である。
この点について,原告は,外交における交渉等の活動は,その実質的な内容は別として,会合等の開催の事実(日時,場所,出席者等)を公にすることには支障がなく,むしろ公にできない情報収集や工作が例外的かつ希少であるかのごとき主張をしているが,このような主張は失当というほかない。
以下,この点について具体例を挙げながら論ずる。
2 外交事務の特質
外交事務の特質については,国際社会における国家間の関係の対等性,非権力性,相互連関性により特徴づけられる(詳細は,被告準備書面(1)36ないし39ぺ一ジで説明したとおりである。)。外交事務の相手とすべき対象は,2003年(平成15年)3月現在,主権国家に限っても191か国存在するほか,主権国家内の諸政府機関,国際機関,議会関係者,政治団体,経済団体,宗教団体,NGO,有識者,ジャーナリスト等も対象に含まれ,極めて多数・多様である。また,国際社会の中で問題となり得る案件も,政治,国際平和協力,軍縮・安全保障,経済(貿易,金融,IT,海洋,漁業等を含む),人権(難民,犯罪対策等を含む),政府開発援助,地球規模問題(環境,疾病対策等を含む),科学技術(宇宙利用等を含む),広報,文化,人的交流,条約,邦人保護等,極めて多様な分野にわたる。
そして,外交活動は外国等との公式の協議・交渉等の事務のほかに,人的交流,広報・文化事業,経済協力事業等様々な手段を通じ,多様な形態の活動にわたる(平成15年度における外務省予算は7358億円である)。
このように,多数・多様な相手方を対象とし,多岐にわたる分野において,様々な手段を通じて外交事務を実施し,国益を十全に確保するためには,公に行う交渉・事業等の活動のほか,補完的に公にしないことを前提とする活動を実施する必要がある。
以下,外交活動を,公に行う外交活動と,これを補完する活動である公にしないことを前提とする外交活動とに分けて,それぞれの意義を具体例を挙げながら説明する。
3 公に行う外交活動の意義と特質
(1) 公に行う外交活動には,政府間の公式協議,交渉,その他会合のほか,文化・広報事業,人的交流事業,経済協力事業,領事事務等,様々なものがある。そして,これらの活動は,外務省がその任務を達成するに当たり,外国政府やその他組織等との間で適正な意思疎通を図ったり,我が国政府として,外国の議会,マスコミ,国民等に対して,我が国の具体的な外交上の立場を示すものであり,外交事務を行う上で機軸となる重要な役割を果たしている。
(2) 他方,これらの活動は,その公としての性格から,以下に述べるような様々な特質又は制約を有している。
ア まず,公に行う活動は,その活動の適正な遂行を確保するという観点から,当該活動の目的となる案件について職務上の権限を有する者を,活動の相手方とすることが通常である。
すなわち,ある案件につき公に協議・意見交換を行う場合には,当該分野の責任者又は担当者と会合すべきものとされ,職責の異なる責任者や担当者と会合を申し込んで意見交換を行うことは,当該案件の本来の責任者や担当者の権限・立場を損なうこととなるから適当ではないとされている。そして,会合内容が様々な分野にまたがる場合には,それぞれの分野の担当者の出席が必要となり,結果として多数の関係者が同席することもある。
例えば,防衛問題について意見交換する場合には,先方外務省におけるその時点の防衛問題の担当者と協議すべきとされるし,場合によっては,防衛問題担当者のほか,日本担当者,法律問題担当者,更には国防省等の他省庁の関係者の出席が必要と判断されることがある。防衛問題について様々な見解を把握するためには防衛問題に深い見識を有するが,現在は防衛問題の正規の担当部署にいない人物と意見交換をする必要も生じ得るが,そのような人物に公に会合を申入れようとすれぼ,先方外務省から,正規の担当部署と会合を申込まない理由を尋ねられたり,理由のいかんによっては,正規の担当部署に会合を申し入れるように求められることもある。
イ 次に,公に行う活動の実施の調整に当たっては,正式な外交ルートの存在に配慮する必要がある。
すなわち,外国政府の窓口としては,外交担当省庁(例えば国務省や外務省等),その中でも日本を担当する課(日本課,北東アジア課等)が我が国在外公館の窓口となって,外交関係を処理するのが一般的である。したがって,国と国との公の会合や活動は,これらの外交ルートの調整を経た上で行うか,少なくとも正式な外交ルートを経ないことについて支障を生じない範囲とする必要がある。
例えば,我が国大使館員等が,相手国大統領府関係者と会合を行うことを希望する場合に,それが公式な性格を有するときには,我が国大使館員等が相手国大統領府関係者に直接申込みをすることは,正式な外交ルートを経るという観点からは適当ではなく,外務省の日本担当者を通じて正式に会合の申入れをすることとされている。そして,その際,外務省の日本担当者は,会合の目的や理由,出席者の地位の釣合いや我が国において同様な会合が認められているか等のほか,大統領関係者の都合も踏まえて会合の適否を判断し,日程調整を行うものであり,内容によっては,会合に同席することもあ。逆に,このような調整を経ずに会合等を開催するのは,正式な外交ルートとの関係上問題を生じることが多い。
具体例を挙げれば,農業交渉が重要な外交案件である時節に,外交ルート(外務省における経済担当部署)を経由せず農業担当省庁との間で会合を設けて意見交換を行おうとすると,相手国の外務省から不快感が表明され,その結果そのような会合そのものの設定が困難な状況となったりすることがあり得る。
ウ また,公に行う活動における意見交換等の内容は,政府や組織の公の方針に沿ったものであることが必要となるし,それから大きく逸脱することはないという制約がある。
すなわち,公に行う活動は上記(1)に述べたとおり公のものとして権限ある者によって行われるものであるから,公に行う会合等の活動における出席者の発言・活動の内容は,基本的に責任を伴うものとして取り扱われるし,その場における政府や組織の間の意思疎通は確実なものとされなければならない。そのため,出席者は,相互に発言内容を注意深く聞くものであるし,発言内容等について記録が作成されるのが通常であり,その記録が,双方の外務省における関係部署や在外公館に対し電信・電報等の手段を通じて回覧されるなどして,比較的広範に情報が共有されることとなる。また,公に行う会合においてどのような内容が話し合われたかということが外部の関心となることは,当然予想されることであって,場合によっては,その内容をすべて公表しないまでも,後刻一定の対外的説明を他の外交団や記者などにブリーフする必要性を考えなければならない。
以上のような事情から,公の会合等の活動における参加者の発言内容は,当然,それぞれの属する政府や組織の公の方針に沿ったものとならざるを得ないし,その発言を安易に撤回したり,修正することはできない。このため,特に政府間の会合においては,それぞれの国内において関係省庁等の立場を調整する必要性から,あらかじめ発言内容が対処方針や訓令として作成されることも多く,さらに,誤解のないようにあらかじめ紙面で伝達するといった観点から,最も正式な口上書(Note Verbale)から,それに至らなくとも「Talking Points」と題される紙面が作成されることもある。また,このような公の会合において,個人的な意見を混同して発言したり,政府や組織として未決走の方針を安易に述べたりすることは適当でないし,実際にされないのが通常である。個人的な意見として明確に断った上で発言することが全くできないわけではないが,他の出席者が同席していることや,会合の場において述べた個人的な意見が電報等といった記録により幅広く回覧させる可能性があること,誤解や誤った印象を生じさせた場合の責任問題が生じる可能牲があることなどから,個人的発言の範囲は通常限定されたものとならざるを得ないのである。
エ さらに,公の活動では,会合等の態様や手段についても対外的な影響,予想される受け止め方等に十分配慮することが求められることがあり,それに伴う制約もある。
例えば,公の会合等について,特定の国や組織の関係者とのみ頻繁に会合を設けたりすること(例えば,イスラエルと頻繁に会合するがエジプトとは会合をしない,特定の政党幹部とのみ頻繁に会合を設ける等)は,場合によっては一方に偏重していると受け止められ適当でないものであって,そのようなことは差し控えざるを得ないということがある。
オ 上記のとおり,国家として公に行う活動は,国や組織として交渉,意見交換,その他の活動を行うものであり,適正な権限を有する担当者による公の方針に合致した発言その他の活動として,当然に責任も伴うこととなる。そして,これは,外交においていつ,誰と,どこで,何のために,いかなる活動を行うかというすべての側面が極めて重んじられているゆえんでもあって,それだけ慎重な配慮・選択を要求されるし,今後の我が国の国際的な立場にも影響する反面,公の活動に伴う制約があるのもまた当然のことである。外交儀礼(protocol)という言葉が使われるが,これは,単なる交際上の儀礼というより,そのような機能的な必要性に由来するともいえるのである。
カ 以上は,我が国との正式な外交関係のある国等との間で公の活動を行う場合の制約であるが,そもそも,公の活動を行うことができない又は著しく困難な場合もある。
すなわち,世界には,政府や組織の公の方針や立場から,我が国関係者とは公には会合に応じないとする立場をとる国や機関があるし,このような相手国との関係では,我が国の立場としても,当該政府,組織やそれらに所属する個人とは会合できない場合が当然にあり得る。
具体例を挙げれば,特定の案件を契機として我が国との外交関係が極めて悪化している時節には,先方政府関係者は,我が国に対するメッセージの一環として我が国関係者との公の会合を拒否することがあるし,また,我が国とある国との間で交渉が行き詰まっているような場合に,対日強硬派とされるような議員等は,そのイメージを維持するために我が国政府関係者等との公の会合を好まない場合などがある。さらに。極めて微妙な例ではあるが,例えば,特定の信条を信奉する原理主義者のリーダー等は,その信条・主張の整合性との観点から,一定の政府関係者との公の会合を好まないこともある。このような場合には,公式な形での会合,協議等の機会を設けることは極めて困難であり,公にすることを前提とする外交活動では対応しきれないのである。
4 公にしないことを前提とした外交活動の意義と特質
(1) 上記のように,公に行う活動は,我が国としての政治的な立場に沿ってされるものとして制約を有するものである。したがって,公の立場で行われる協議,交渉,その他会合,事業等を適正かつ効果的に実施するためには,その前提として,公の場以外で相手国や国際情勢の把握に努め,その他種々の働きかけ行うことが必要となる。また,相手によっては,非公式の形でしか外交活動を行い得ない場合もある。こうしたことから,公にしないことを前提とした外交活動が必要不可欠なのである。
すなわち,ある協議を行うに際しては,自国あるいは相手国,関連諸国の置かれた現在の状況,今後それがどこまで変化し得るのか,我が国の方針が相手国の政府,有識者,世論との関係や自国の各層との関係でどのように評価されているのか等の情報を収集することは極めて重要であるし,また,相手国政府の政策形成や世論形成に当たる要人に対し,我が国の考え方への支持や理解をあらかじめ求めておくことが,その後の交渉に当たって極めて効果的となる場合がある。もちろん,このような活動は,公に行う活動を通じて付随的に行われることもあるが,それのみでは上記2で述べたような様々な制約から十分な目的を達成することは期待することができない。そのため,公にしないことを前提とする外交活動を通じて,公の活動としてあるべき形態や内容から離れた,より自由度の高い環境の下で,相手国政府や組織等の背景事情等を把握したり,我が国の外交政策に理解や協力を得るといった活動を行うことが期待されるのである。実際にその果たしている役割は軽視することができない。
(2) 以下,公にしないことを前提とした活動の特質について説明する。
ア まず,公にしないことを前提とすることにより,先方政府,その他組組織等の役職や権限に制約されることなく,任意の関係者を選択して会合その他活動を行うことが可能となる。
例えば,我が国と外国との経済問題等において,先方政府部内には,自由貿易体制の維持や日本との関係から日本側の立場に理解を示している者もいるが,先方経済省が業界団体等からの圧力により,強硬な姿勢を示している等の背景事情がある場合,柏手国の状況を把握するために,従前より個人的信頼関係を築いている外務省関係者がいれば,その者との会合を設定して,先方政府部内での意見の相違,先方経済省の考え方,強硬な反対論者や圧力団体の背景,先方外務省としての落としどころに関する所見等について情報収集や働きかけを行うことは極めて有益である。このような場合には,相手方は,秘密保全の観点から,部下を同席しないことを希望することも多く,このような会合においては,出席者を明らかにすることはもとより,会合の行われた事実自体を明らかにすることさえ適当ではない。
イ 次に,公にしないことを前提とすることによって,外交ルート等その他組織の正式な窓口を通さずに,会合その他諸活動の調整が可能となることは当然である。
すなわち,外交政策は,どの国においても外交当局だけで決定されるものではなく,議会,政党,関係省庁等の調整を経て,又は,世論の動向を踏まえて形成されるものであるから,公の外交ルート(外務省等)を通じた働きかけや連絡調整だけでは十分ではない。外交ルートの外で,有力な政府上層部,その他関係省庁幹部,有力な政治家に対して直接働きかけを行うことによって,その国の外交政策に係る情報を収集したり,我が国の政策・立場への理解を得ることが適当かつ必要である。そもそも外交ルートでの調整が難航している場合には,様々な対象者に働きかけを行って「外堀を埋める」ことが適当な場合すら多いといえる。ところが,こういった方法は,先に述べた公式の外交ルートを通じた交渉という観点からは,極めて微妙な問題を惹起するため,公にすることを前提とした外交活動には本来的になじまず,したがって,公にしないことを前提として実施する必要がある。
ウ また,公にしないことを前提とすることによって,それぞれの政府,組織等の正式な立場に必ずしもとらわれることなく,政府部内の諸意見の内情,現状認識の共有,部内での検討状況,我が国の外交政策に対する率直な意見,第三国との外交関係の内情,将来の観測,問題解決の様々なアイデア等について自由度の高い意見交換を行うことが可能となる。このような意見の交換に際しては,公の会合では,なかなか明確にし難いような背景事情をお互いに明らかにして,問題解決を模索する試みの場となることも多い。
例えば,二国間の政治,経済等の案件を処理する際,先方政府が政府部内で公に外交方針を決定してしまった後は,一度決定した方針を覆し難い等の事情が生じ,問題解決がより複雑かつ困難とたることがある。このような場合は,公の外交方針等が決定される前に先方政府関係者から内々に検討中の政策に関する情報を幅広く聴取して現状を把握し,必要に応じ,事前に我が国の考え方を伝えたり,我が国の方針を修正する可能性を検討したりする必要がある。。そのような事前の働きかけのためには,公の会合とは別の機会を設けて自由に意見交換する場を設けることが極めて有益である。
また,特定の国民の利益に直接かかわる外交交渉が対象となっている場合,例えば,外国と我が国との関係でしばしば問題となっている漁業交渉の公式の会合においては,それぞれの背景にある漁業の利益との関係で,交渉を担当する漁業関係省庁等が自由に議論し,合意点を追求することが著しく制約される。公の場で「落としどころ」を示せば,弱みを見せたとも受け止められかねず,そのことが,マスコミにリークでもされれぱ,政府間で相互に歩み寄ることすら困難となり,その結果として,国益の確保の点で好ましくない事態を生ずることさえある。そのため,このような場合に交渉の展開をより実りあるものにするには,関係者が,事前に公としない形で会合し,より自由な議論を行うことで,それぞれの事情に対する理解を深め,解決を模索するための様々な材料を提示し合うことが必要である。
そのほか,外国経済団体,議会議員,その他有識者やジャーナリスト等の中には,それぞれの立場から,外交政府の背景事情や我が国の外交政策に対する見解,助言の面で極めて有益な情報を有している者があり,これらの人物との間で,普段から自由度の高い意見交換を行うことは,相手国の情報収集や我が国政策に対する理解を得る上で極めて有効となる。
エ さらに,公としないことを前提とすることにより,より柔軟な交渉,話し合い,その他の折衝が可能となり,目的に応じたより効果的な手段の選択肢が広がる上,そのような手段を臨機応変に効果的に使用することによって,相手方からより親密で協力的な対応を引き出すことや,我が国の意向をより有効に伝えること,また,場合によっては相手方の信頼感を増したりすることが可能となる。その結果として,情報収集や働きかけのより有効な実施に資すこと,ひいては,外交問題の有利な解決にも貢献することとなる場合がある。
オ また,公としないことを前提とするからこそ,公の立場上,会合等を行わないこととなっているか,会合を持つことが適切でないような場合にも,会合等の活動を行うことが可能となる。例えば,特定の案件を契機として我が国とある国の外交関係が悪化し,公式には両国の接触が断たれている場合において,個人的信頼関係に基づいた,公にしないことを前提とした水面下での接触を通じて事態の収拾の方策を探ることは極めて重要な外交事務である。
また,外国経済団体や議会議員,その他有識者やジャーナリスト等のオピニオンリーダー等の中には,我が国に対して批判的な立場を明らかにしている等の事情により,我が国と公に接触することを好まない場合あるが,このような団体等の人物とも何らかの形で会合を設けて,情報を収集したり,我が国の立場に理解を求めることもある。このような活動は我が国の国益を確保する上で重要な事務である。
さらには,情報提供者や協力者等によっては,立場上そもそも我が国関係者と直接接触する立場にないことなどから,公としないことを前提としてのみ接触することが可能となる場合もある。
(3) 以上述べたとおり,公としないことを前提とすることにより,公とするならば行い得ない形態や内容での外交活動が可能となり,政府内外の背景事情や内部の検討事項等の把握,問題解決のアイデアの打診,我が国の政策に対する協力を得ること等が可能となるのである。
このような会合の際に,時として複雑な概念について意見交換のため紙面の作成が必要となる場合もあるが,職業外交官の間では,公の紙面ではなく責任も伴わないことを明確に示す意味で「紙面ではない」(non paper)とタイトルを付した紙面を作成する慣行が確立している。これは,公としないことを前提としないことを前提とした外交活動の重要性とそれが広く行われていることを示す一つの証左である。
このような会合は,職務上の立場が異なる相手方との間で,公とするならば行い得ない事項について,踏み込んだ意見交換等を行おうとするものであるから,普段から個人的な信頼関係の構築が極めて重要となることはいうまでもない。具体的な問題が生じてから初めて我が国の一方的な都合により会合の申入れをし,そこで情報を得たり我が国の方針に理解や協力を得ようとしても限界があることは,世の中の道理である。したがって,外交官にとって,常日頃から将来の情勢を見越して先見的な人脈形成,個人的な信頼関係の構築に努めることも極めて重要な任務である。信頼関係の重要性については,従前述べたとおりである(準備書面(4)24べ一ジないし31ぺ一ジ参照)。
5 小括
以上述べたとおり,公にしないことを前提とする会合等の活動は,決して特殊かつ希少な活動ではなく,通常の外交活動の不可欠な一部を構成するものである。したがって,外交当局としては,公の活動をより実りあるものとし,我が国の国益を確保するために,公としないことを前提とした活動を様々な形で実施する必要がある。
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第3 情報収集・外交工作を実施するための経費支出に対する要請
報償費は,上記のような公にしないことを前提とした外交活動に支出されるものである。公にしないことを前提とした情報収集や外交工作を実施するためには,当該行為そのものぼかりでなく,それに対する経費支出についても,機動性,個別性,保秘の必要性が要請されるものである。以下,この点について説明する。
1 情報収集・外交工作を実施するための経費支出に要請されるもの
情報収集や外交工作作は,先に述べたように,公にすることを前提とする正式な外交活動よりも,むしろ公にしないことを前提とした外交活動として行われるものであり,。そのほうが機動性にも優れ効果的である。したがって,これらの活動を支えるための経費支出についても,その性質に沿った取扱いをすることが必要となる。
(1) 機動性,個別性の要請
まず,情報収集・外交工作のための制度は,情報収集や外交工作の機動性又は個別性に十分対応したものでなければならない。
すなわち,情報収集又は外交工作活動は,外交事務において,対象となる組織が多種・多様であり,また対象分野も多岐にわたることから,外務本省各部署や在外公館の各現場において。その時々の国際情勢を踏まえ,上記第2に述べた個別の諸事情等から判断して,機動的に使用できるものとする必要がある。
例えば,事務の相手が誰であるか(例えば,米国議会関係者か,中国外交部関係者か,イランの宗教関係者か)によって,それぞれ相手側の事情も異なるし,また事項としてもテロ問題と環境問題では案件の経緯も異なる。このため,例えば,テロ問題についてある国に存在する特殊な団体がこれに支援をしているかどうかの情勢把握が必要と判断されても,その実施の可否については,当該団体とテロのつながりに対する相手国の公の立場は何か,当該団体のテロに対する公の立場は何かなどを把握した上で,公の会合の申込みが適当か否か,公としない会合のほうが適当なのかどうか,また,情報収集等の対象としてどの人物が適当か,その人物の当該団体での立場は何か,会合の場を設けるとして,その時期,場所はどうするかなどといった種々の事項を判断する必要がある。このような判断を行うためには,外務省の中でも,当該国にある大使館政務斑のうち,当該特別な問題の担当者の知見,専門性,それらに基づく判断を尊重することが不可欠となる。このため,外交当局としては,情報収集や外交工作の制度について,事務の目的や手段について一定の指針を設けつつ,個々の使用に当たっては現場の判断を尊重する制度とすることが必要かつ合理的である。
それゆえに,情報収集その他外交工作事務は,通常,現場の担当者が担当分野の必要性に応じて情報収集や外交工作を起案し,上位にある取扱責任者(局部長や在外公館長)等が,事務の目的や手段の相当性(時期や態様等)を踏まえ,決裁することとなっている。ちなみに,外務本省の外交政策については,基本的に各局(部)長の責任とされ,また,在外公館における任国政府等との関係は大使等の在外公館長の責任とされており,上記の意思決定の方法は。これらの責任体制とも合致した合理的な手法である。
むしろ,このような場合には,外務本省の一部署が個別分野別の外交案件の経緯詳細を短期間に網羅的に把握することは不可能であるから,経費の支出に際し,外務本省の決議を要するなどの制度を採用すれば,かかる経費の機動的な使用自体が不可能となり,ひいては,事務の複雑さから活動自体を遠慮する等,在外公館長や局(部)部長がその責任を果たす上でも著しい不都合を生ずることになる。
(2) 保秘の必要性
また,情報収集や外交工作活動は,その時々の国際情勢を踏まえ,第2で述べた諸事情や個別の信頼関係にかんがみ,現場において公にしないことが適当と判断されて展開されるものである。したがって,そのような活動のための経費支出も,関係する情報の秘密保全を十分に確保するものではなければならない。個別の関係の様々な情報が公になるとすれば,情報握供者や協力者の立場が損なわれたり,対策を講じられる等の支障が生ずるおそれがある。
2 情報収集等に関する予算の諸外国における取扱い
このように,情報収集・外交工作の目的を達成するためには,当該外交活動ばかりでなく,それに要する経費支出についても,機動性,個別姓及び秘密保全を確保することが必要である。このような事情から,諸外国においても,情報収集や外交工作を行うための経費については,通常の経費とは明確に取扱いを異にし,これを明らかにするために,別途の予算計上又は予算科目を設けている。我が国の外務省報償費は,これに相当するものである。
参考までに,諸外国における情報収集・外交工作のための制度の概要を述べておく。もとより,各国の政府諸機関の構成,予算書計上の方法は各国ごとに異なるため一概に比較することは困難で,情報関連予算の詳細概要についてそもそも把握すること自体も困難ではあるが,以下のとおり,先進主要国等のいずれにおいても,情報収集や外交工作に使用される予算について秘密保全の確保は極めて重視されている。このような国際的な普遍性は,情報収集等の経費に係る保秘の必要性の証左である。
(1) 米国
情報コミュニティー(国務省を含む14組織により構成)の情報関連活動経費については,安全保障上問題がないと判断された場合に総予算のみ公表する(たたし,実際には97年,98年予算が公表されたのみ)。会計検査院の監査は。外交諜報活動及び対諜報活動に関する記録等には及ばない。
(2) 英国
情報機関の予算は統合情報費として一括して議会の承認を得るが,予算等には総額の他,運営費(人件費等),その他の経費等の概括的な項目の予算のみが記載されている。
(3) 独
「外務省の特殊目的のための秘密費」については,費目自体は予算書に明記されているが,具体的な使途は非公開である。また,連邦情報庁予算については総額を除き一切公表されていない。首相府及び国防省にも会計検査の特例が適用される予算がある。
(4) 仏
通常の会計規則の適用を除外され,会計検査院の法的な認証も要しない「特別資金」が首相府及び各省に計上されている。
(5) カナダ
情報機関の予算こついては,総額のみが予算書に記載されている。諜報関連予算が,本来の自的から外れた使われ方をされた疑いがある場合には,議会の指示に基づき検査院が調査を行い,その結果が議会に報告され。必要があれば議論される。
(6) 韓国
外交機密とされる「外交活動予算」(2000年度:約23億円)が存在する。
3 外務省の報償費
(1) 意義
報償費は,「国が,国の事務叉は事業を円滑かつ効果的に遂行するため,当面の任務と状況に応じその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用する経費」であり,外務省においては,報償費を「情報収集及び諸外国との外交交渉又は外交関係を有利に展開するために使用する経費」に充てる運用をしている。
そして,情報収集又は外交工作のための経費支出に必要な機動性,個別性,及び保秘の必要性に対応するため,次の措置を講じている。
(2) 目的・使途
第1に,報償賓の目的や使途について,次の枠組みを設けている。
ア 報償費の目的について,情報収集等の事務,外交交渉等の事務,国際会議等への参加の事務であるとしている(被告準備書簡(1)41,42ベージ。平成13年3月26日参議院予算委員会での河野洋平大臣の答弁)。この情報収集や外交工作活動に当たっては,当該活動において,実際に具体的に情報収集や外交工作を意図して行われることもあるし,近い将来にそのようなことを具体的に行うことを企図して,あらかじめ個人的な信頼関係を構築したり,人脈を形成することを目的とするものも含まれる。
イ 報償費の使途については次のような使途に使用することとしている(被告準備書面(1)41,42べ一ジ)。
@ 情報収集や外交工作のため接触に適当な機会,場所等を提供するための経費
A 情報提供や工作活動への協力に対する対価(現金ないしは物品)
報償費の使用は,事務の目的等の個別事情に応じ,その使用の適否及び使用の方法が決定されるという個別性の高いものであるから,使途について類型化することは,個々の報償費使用の意義や必要性を正しく反映するものとならず,適正な類型化となり得ない(被告準備書面(6)29ぺ一ジジ)。なお,会合や物品購入であっても,公の会合等に必要となる会議費その他事務的経費であれば庁費の類,外交儀礼上・社交上の観点から,一方的かつ贈与的な性質を有する会食(在外公館のみ)や物品購入は交際費から支出することとされており,会合や物品購入の経費を報債費からの支出とする場合は,飽くまでも情報収集や外交工作を目的として,そのような観点から意思決定がされた場合に限られている。
(3) 機密保持のための制度
第2に,情報収集・外交工作の秘密保全の必要性に十分に備えるため,従前から,外務省の報償費の秘密保持については,会計検査院との協議に基づき,計算証明規則11条に基づいて,いわゆる簡易証明によることが認められており(乙1号証の2),運用としても,報償費の書類は「極秘」ないし「秘」指定として取り扱われ,取扱が可能な職員を制限する等(在外公館の現地職員の報償費の取扱制限については,被告準備書面(6)11,12ぺ一ジ)の措置を採っている。
(4) 機動性,個別性の確保のための制度
報償費の個別の使用に当たっては,現場の判断を尊重する必要から,事務担当者がその時々の国際情勢等の個別事情を踏まえて,報償費の使用を企画立案することとし,「決裁書」を起案して,報償費使用の目的や内容等の具体的事項を記載し,本省部局長や在外公館長等の取扱責任者が,先に述べた報償費使用の目的,手段から報償費の使用として適当であるか,報償費の効果的使用の観点から,当該案件の意義が認められるかといった観点を加えて判断している(報償費使用の意思決定手続について被告準備書面(4)9ないし15ぺ一ジ)。
(5) 適正な使用・経理の確保のための措置
以上のように,報償費の支出については,秘密保持が前提となっているが,反面,報償費の適正使用・適正経理を確保するために,以下の制度的措置が講じられている。
ア 各事案ごとに,事前に「決裁書」を作成し,各事案ごとにその目的や内容を説明する観点から,具体的内容,方法,態様等を記載し,取扱責任者等は当該報償費の使用について審査し決裁する。
イ  証拠書類整備のため,事後に「決裁書」に請求者や領収書等の関連書類を添付して保管する。
ウ 外務本省や在外公館に保管された「決裁書」は,外務公務員法に基づく,査察使による査察の対象となる。
エ 「決裁書」は,従前より会計検査院の検査の対象となっている。検査の結果,改善すべき点があれば,その所見は会計検査院から外務省へ指摘され,外務省は改善の措置を採っている。
オ これに加え,報償費の支出の適正さをより堅固にするため,外務省は,平成13年度以降改善を講じたことは,被告準備書面(6)42べ一ジで述べたとおりである。
(6) まとめ
このように,報償費は,国際社会において我が国の国益を確保する上で,公としないことを前提とする活動が必要であることにかんがみ,情報収集等の事務,外交交渉等の事務,国際会議等への参加の事務に使用する経費として,そのために必要となる機動性,個別性及び保秘の必要性を確保するように設けられたものであり,制度目的に沿った合理的なものである。
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第4 本件各行政文書に記録されている情報の法5条3号,6号該当性
1 法5条3号,6号該当性判断の合理性
(1) はじめに
被告は,各案件ごとに,「決裁書」に記載されている当該報償費の使用が報償費の目的に沿ったものであり,かつ,「決裁書」に記録された,当該報債費を支払う役務提供者の氏名,支払金額,報償費に係る事務の目的,内容,支出年度,科目等の報償費支出に関する具体的な情報が,すべて法5条3号,6号に定める不開示事由に該当すると判断して不開示決定を行ったものである。
一般に,外交事務においては,「公にしないことを前提とする活動」を日常から行うことが必要であること,そうした活動に係る費用支出については機動性,個別姓及び秘密保持の要請を充たす必要があって,このような要請は国際的に普遍的なものであること,外務省の報償費についても,機動性個別性及び秘密保持の要請を満たすよう運用されているものであることは,前述したとおりである。以上の事実を踏まえて検討すると,本件各不開示決定に係る被告の判断が合理的であることは明らかである。
以下,この点について項を改めて詳述する。
(2) 法5条3号,6号該当するとの判断の具体的理由
「決裁書」に記載されている「情報」が法5条8号,6号の不開示事由に該当すると判断した具体的な理由は,次のとおりである。
ア 情報提供者や協力者の立場への悪影響
報償費の「決裁書」が公開されれば,特定の人物に対する報償費支出の事実が明らかになり,これらの人物が我が国政府に対して情報提供や外交工作等への協力を行っていたことが明らかとなる。当該情報提供者等の協力は,自己の活動が公にされないことを明示ないしは黙示の前提として行ったものであるから,公開されたことを情報提供者等が知ることととなれば,わが国政府に対する信頼は失われ,以後,内々の情報の提供,率直な意見交換,他国政府等に対する働きかけ等の協力に積極的に応じなくおそれがある。また,当該情報提供者又は協力者が我が国政府に対して情報の提供等何らかの協力を行ったことが明らかになると政治的ないし社会的に,当該情報提供者等の立場が損なわれたり,更には,刑事罰その他の制裁を課すことなども懸念される場合もある。特に情報提供者等が受領した領収書が公開されれば動かぬ証拠となるのであって,このような立場への悪影響については,当該者の置かれた政治的,社会的環境いかんでは,人命に関わるおそれがあるものから,当該関係者の職務上の地位・立場が損なわれ,当該関係者の事務の遂行に支障が生じるおそれがあるものまで様々な程度のものが含まれる。
また,情報提供者が,正規の外交ルートとは別の政府に近い筋であった場合などは,例えば,我が国が,他国を対象に公式の外交ルートを経ずに会合を行ったり,一部の関係者のみを集めて情報収集,働きかけを行っていたり,政府組織とは別の有力者と人脈を構築し,そこを通じて政府組織に働きかけを行おうとしていた等の事実が明らかになれば,関係する外国政府関係者の立場を損ね,これらの者との信頼関係を損なうこととなり,これに対する対応措置として,以後,当該外国等が我が国との接触・交渉に応じなかったり,協力的な対応を行わないなどの事態も想定される。
このような情報提供者や協力者の立場への悪影響の判断を行うに当たっては,外交には通常の事務にいう「既済」という概念がなく,ある案件が一度解決しても,当該案件が再び問題となることが多く,また,政治体制のいかんにかかわらず,外国の政府関係者,政党関係者等とは,様々な分野で極めて長期にわたり,様々な形態の関係を有することとなるから,一層慎重かつ十二分な配慮が必要となる。
イ 他の情報提供者,協力者一般への悪影響
情報源又は協力者の喪失の問題は,開示の対象となった案件にかかわる特定の情報提供者等に限らない。報償費の「決裁書」が公開されることとなれぱ,我が国の行っている情報収集活動や外交工作活動の一端が露出・公開されたと受け止められ,そのことが,我が国はもとより国際社会に知れ渡ること(アナウンスメント効果)になる。そのようなことになれば,本来絶対的に秘密保持が求められている,公にしないことを前提とした外交活動に支出される報償費に関する情報が,我が国においては情撮公開の名の下に公にされ得るものとして広く外国関係者に受け止められることとなり,そうなると,我が国のの秘密の保持に対する信頼性は著しく低下する。つまり,これまで我が国に公にされない形で情報提供してきた協力者又はこれから臨力者になろうとしていた関係者等も,我が国に対し内々の情報提供その他の協力をしたとしても,結局は,そのことが報償費に関する情報公開という制度の下に外部に明らかにされ得る,あるいは秘密が守られないと一般に受け止められることになるのである。そうなれば,開示の対象となった案件でなくとも,他の情報提供者が以後の協力にちゅうちょしたり,新たな情報提供者等の協力者を見つけることが困難となったりし,つまるところ,本準備書面で述べたような,公にしないことを前提にした自由な意見交換等を行う機会を設けること自体に著しい支障を来す。
情報提供者等の協力者の中には,一般に自己が協力している事実が明らかになることを強く嫌忌している者もいれば,そこまで至らないとしても公にならない会合ゆえに率直な意見交換に応ずる者もおり,対象者の多様性を前提として,我が国政府関係者との意見交換に制約を感じず,安心して協力してもらえる環境を作りだすことが重要であるということを十分に考慮しなければならない。こうした事情は先進国であるか発展途上国であるかを問わず言えることであるが,特に,自由主義,民主主義に基づく諸権利が制限されている国家であればあるほど,一般に流通する情報量が制限されているので,情報提供者からの情報など非公開の情報分祈が貴重となるが,そのような国における我が国への情報提供や我が方との意見交換に政治的・社会的なリスクがあり得る(場合によっては当局からの摘発等)ので,我が国政府関係者との会合等についての情報管理の信頼性が失われれば,情報提供等我が方へに協力に極めて慎重となることが見込まれる。
ウ 情報収集及び外交工作事務一般への萎縮効果
以上のような情報収集箏の活動の相手方に対する影響のほか,我が国においても,仮に報償費の「決裁書」が公開され,個々の報償費の支出の事実が明らかになる可能性があるということになれば,外務本省や在外公館の担当者は,情報提供者との関係や外交関係への不利益の波及等を懸念して,報償費を用いた情報収集等の活動の実施そのものについて慎重になったり,実施するとしても最も効果的な手段の使用をちゅうちょするといった事態が生じる。このことは,現場担当者が個別の必要性を勘案して情報収集等の事務を機動的に行うための「報償費」の制度の意義を損ない,制度本来の目的を達成すること自体が困難となり,わが国の情報収集等の事務の遂行に著しい支障を生じることになる。そして,その結果,外務省が行う外交活動全般において,国際舞台の表層だけにとらわれず,あらゆる事態を想定した上での外交活動を行うために必要な情報収集等を行う規模が縮減することとなり,適切な外交問題の処理が十全に行い得ないおそれが生じる。
エ 我が国の意図,関心を他国政府により分析されることにより他国が外交政策上の対策を講じるおそれ又は我が国の情報収集活動に対する他国による妨害ないし対抗措置が講じられるおそれ
情報収集や外交工作は,我が国の公式の立場にとららわれることなく,将来における様々な可能性を視野に入れて様々な形で政策を打診し,理解を求めるなど,より幅広い形で行うものである。情報収集等の事務に係る報償費の「決裁書」が公開され,個々の報償費支出の事実が明らかになると,他国等が,その分析を通じて,我が国の情報収集等の目的,外交攻策の意図,関心,懸念の程度,情報収集や外交工作作の方法等(例えば,我が国が外交問題の顕在化を避けたいとする案件の内容とそのための活動の概要,我が国が実施の可否を検討している政策の内容やそのための活動の概要,他国の政策に対する我が国の真の懸念の程度とそのための対策の活動概要等)を知り得ることになる。そして,その結果,他国が我が国のこのような事実を踏まえて新たな外交的立場を明らかにしたり,我が国が過去に働きかけを行った国や人物等に対して対策を講じることによって,我が国から他国への外交的な働きかけが不調となったり,又は,他国が我が国に対してより強硬な立場をとる等の事態が生じるおそれがある。
また,上記のように情報収集等の事務に係る報償費の「決裁等」が公にされたことにより我が国の情報収集活動や種々の働きかけの手の内が明らかにざれると,場合によっては,他国の情報治安当局等が,わが国大使館や会合場所において監視を強化したり,大使館員の行動を制限する等の措置を講じたり,当該他国政府関係者とわが国大使館員との接触,情報提供を制限する等の措置を講ずるなどの事態も生じ得る。
特に,情報収集活動の担当者が明確になれば,当該他国関係者として態度を硬化させ,場合によっては,「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからぬ人物)として国外退去を求められたり,公式の会合への受入れを拒否するなどの措置が採られるおそれすらあるといえる。
(3) まとめ
以上のとおり,外務省の報償費は,情報収集や外交工作を目的とし,第3で述べた様々な事情などから取扱責任者等において判断して意思決定を行って使用するものであること,及びその使用に当たり作成される「決裁書」に記載される事項,記載内容にかんがみると,報償費の目的に沿って使用されている「決裁書」に記載されている情報についても,報償費の制度に沿った情報収集又は外交工作活動に係る情報であると認められる。したがって,被告が,本件各行政文書に記録された報償費に係る情報が法5条3号,6号に定める不開示事由に該当すると判断したことは,合理的な判断である。
しかも,その判断が法5条3号に定められた行政機関の長の裁量を逸脱,濫用したものといえないことは明らかである。
2 部分開示し得ない理由
(1) はじめに
本件で対象となっている1069件の報償費の支出に関する決裁書がいずれも法5条3号16号に定める不開示事由に該当すると判断したことが合理的であることは,上記のとおりである。本件各行政文書である「決裁書」には,報償費の支出の目的,具体的内容,支払先,金額,支出年度,予算科目等が記載され,これらが一体となって当該報償費の使用に関する一個の情報を構成しており,本来,年月日欄のみというように各記載項目ごとに切り離して開示することができず,したがって,部分開示の問題が生じ得ないことは,既に述べたとおりである(被告準備書面(1)10ないし22ぺ一ジ)。
また,各記載項目ごとにみても,可能な限り特定したものの,なお,明らかにできないものがあること及びその理由については,被告準備書面(7)などで主張したとおりである。
(2) 部分開示ができない理由の補足説明
以下においては,仮に,部分開示が可能とする立場に立っても,部署ごとの件数,日時,金額の部分の開示により外交事務を行う上で支障が生ずるおそれがあって,本件各行政文書の記載の一部を部分開示することができないことを説明する。
ア 部署ごとの対象文書の件数を明らかにしない理由
被告は,報償費の使用に係る文書の開示請求について,本件各開示請求を含め,部署ごとの対象文書の件数を明らかにせずに不開示決定を行っている。このような方法で不開示決定を行う理由は,被告準備書面(6)25ぺ一ジに述べたとおりである。これは,公としない形態や内容の活動件数には,我が国として公にすることが適当ではない外交上の方針が反映されることがあり,これが明らかになると,外国政府や外交当局との関係で,種々の評価,分析,憶測を生み出し,外交事務を行う上で支障を生ずるおそれがあるからである。
例えば,我が国が是非ともある政策目的を達成したい場合,公となる前に案件の顕在化を防ぎたい場合,我が国が公の外交方針を転換したり,新規外交方針を打ち出そうとしている場合に,正規の外交ルートとは別に関係方面に対する情報収集,外交工作を活発にすることがあり得る。このため,特定の期間における部署ごとの件数を明らかにすると,他の部署や日時におけるこれらの活動を比較分析することにより,我が国の外交方針や意図が逐一推測されるおそれがある。
イ 日付,金額を明らかにしない理由
仮に,個別文書ごとに,日付のみを切り離して部合開示ないしは特定す得るか,金額のみについて部分開示をし得るかといった形で特定ないしは開示の判断を行うとすれば,案件によっては日付,金額といった一部の記載のみからでは直ちに報償費の目的や内容が推認される可能性が低いと判断される案件もあり得よう。
しかし,この場合であっても,その他の情報と組み合わせることにより,報償費の目的や内容が推認することが可能となるおそれがある。しかも,そのような手法で部分的に開示を行うこととなれぱ,開示したものと開示しなかったものとを対比することにより,結果として,日付,金額といった一部の記載から直ちに情報収集や外交工作の目的や内容が推測される活動の件数が明らかとなり,ひいては,その目的や内容等が推測されるおそれがあることとなる。したがって,日付,金額についても開示することはできない。
(3) 支障についての補足説明
以上述べた支障について,事例等を通じて補足説明する。
ア まず,時期や部署別の件数が判明することの問題点について検討する。
例えば,我が国の安全保障に関して重要な局面となっている時期と,通常の時期とで,我が国の韓国,米国,中国,ロシア等における報償費使用がどのような件数で推移しているか分析することが可能となると,我が国が安全保障問題について,どの国をどの程度重視し,公式チャネルとは別にどの程度情報収集,働きかけを行ったかという分析が逐一可能となる。報償費使用の目時が特定される場合は,このような分析は一層容易となる。この結果,具体的な懸案との関連に係る分析を通じて,我が国がどの目的でどの国に働きかけを行っているか,その背景にある真の目的と手段,安全保障に対する懸念の程度等が逐一明らかとなる。このような外交問題には,既済という概念はないから,当該案件のみならず,将来生じ得る類似の事態においても比較分析が可能となり,我が国の安全保障上の支障が生じることはいうまでもない。このため部署毎に報償費の件数を明らかにすることはできない。
イ 次に,部署別の使用総量が一般的に重要な意義をもつ例を挙げる。
例えば,中東和平問題では,紛争当事者であるイスラエル・パレスチナ・シリア・レバノン,穏健派とされるエジプト・ヨルダン,大国であるサウディアラビア・アラブ連盟の議長国等のいずれの国から,どの程度内部情報や背景情報を得ているか,どのように多数派工作を行っているかといったことは,これら当事費の外交立場との関係上,極めて微妙な問題がある。例えば,イスラエルとエジプトにおける報償費の使用状況が明らかになれば,我が国として,いずれかの国をより重視しているのではないか等といった憶測を惹起する結果となるし,そのような事態となれば,以後,報償費の使用に当たって,報償費の使用実績が外交関係に与え得る様々な影響も勘案して,報償費の使用を判断する必要が生ずるから,報償費を情報収集や外交工作のために機動的に使用するという制度の目的自体に大きな支障カが生ずることとなる。
ウ さらに,金額について検討する。
会合等の経費については一般的に端数が生ずるのに対し,情報提供者等の対価についてはいわゆる「丸い数字」となることも想定される。また,特別の外交課題に対応して特に重点的に工作活動を行う場合には,特殊な外交工作に関する経費も増加することが想定される。そこで,これらを分析することにより,対価を伴う情報提供者数の件数,特殊な工作の件数等が明らかになるおそれがある。
(4) まとめ
以上は,様々な考慮の例にすぎない。外交事務は,実際には,多様な相手方と多様な分野で,様々な手段で行うものであるから,様々な比較・分析が可能となる。このように,外交事務に携わる者にとって,情報収集や外交工作活動の部署別の件数,支払日,支払金額といった事実は,極めて重要な意味を持ち得るから,これらを公開しないことには合理的な理由がある。
なお,先に述べた例示からも明らかにしたとおり,訴訟における主張立証のためとはいえ,このような「おそれ」の裁量権行使に関する事情を広く明らかにすることは,それ自体,本来適当ではない。
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第5 結論
以上のとおり,本件各行政文書に法5条3号及び6号所定の不開示決定情報が記録されていると判断して行った本件不開示決定は適法であるから,本件各請求は棄却されるべきである。